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談座会
「軽症喘息と吸入ステロイド療法」
出典:日経メディカル2003年8月号
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喘息に対する吸入ステロイド療法は慢性的な気道炎症を改善することにより、難治化を抑制するといわれている。
このため、最近は軽症喘息の段階から吸入ステロイド療法を導入することが推奨されている。
また、最近、喘鳴や呼吸困難を伴わない咳喘息についても研究が進められ、咳喘息の一部が喘息に移行すると考えられている。
しかし、その見極めが難しいことも事実である。
そこで、咳喘息の診断法を探るとともに軽症喘息における吸入ステロイド療法の有用性、実施方法、注意点などについて、下記3氏に解説を交えた討論をお願いした。

●図なども含めた内容の見やすいPDF版の書類(11K)も用意しています。(2.9Mb)



東田有智氏
近畿大学医学部
呼吸器・アレルギー内科
教授(司会)



藤村政樹氏
金沢大学大学院
医学系研究科
機能再生学助教授


宮武明彦氏
医療法人宮武内科院長



喘息診断では問診が最も重要

東田  喘息の基本的病態は慢性の気道炎症であり、吸入ス テロイド薬による抗炎症治療の有用性が認められていま す。しかし、依然として重症・難治例が存在し、その最大 の原因として、診断の遅れ、さらには治療の遅れ、または アンダートリートメント(吸入ステロイド治療不足)が考 えられ、その結果として、気道リモデリングが指摘されて います。この気道リモデリングを予防するためには、喘息 の発症早期から積極的治療が必要であるといわれていま す。このような状況を踏まえて、軽症喘息での吸入ステロ イド療法の有用性について検討したいと思います。喘息の 診断に“gold standard ”は存在しない現状が、喘息の診断 を困難にしている最大の原因と考えます。最初に軽症喘息 をどう診断するかですが、宮武先生、喘息を見落とさない ための診断のポイントについてお話し願えますか。

宮武 軽症喘息だから特別な診断法があるわけではなく、 診断の要点は喘息一般に同じだと思います。最も重要なの は問診です。私は日常診療で表1 に示すような点について 問診で確認しています。これで半分近くは、喘息であるか 否かを推察できると考えています。問診で喘息が疑わしけ れば、聴診を行います。呼気時の聴診を丁寧に行う、強く 最後まで呼出させて喘鳴の有無を調べる。そういうことを きちんと行った上で、私は呼吸機能検査を行っています。 フローボリュームカーブを記録しているのですが、そのパ ターンを見て、確定診断に至ることになります。

藤村 一般のクリニックには、呼吸機能を検査する装置を 備えていないところが多いと思いますが、以前、呼吸機能 検査と強制呼出時の喘鳴の聴診との相関を検討したことが あります。聴診でとらえた喘鳴のほうが精度が高い結果と なりました。したがって、呼吸機能検査も大切ですが、聴 診所見のほうが重要だと思います。ただし、喘息の特徴は、 早朝の発作ですから、昼間の診察時に聴診で異常がなくて も、喘息を否定できません。特に軽症では、聴診所見から 診断することは容易ではないと思います。そこをカバーす るのが問診ではないでしょうか。宮武先生がお示しになっ た問診の項目ですが、このくらいポイントを押さえておけ ば、確定診断には至らないまでも、疑わしい症例を見落と すことはないと思います。

宮武 たとえ風邪のようにみえても、咳の起こり方に注意 が必要です。いつ出たか、繰り返しあったか、痰を伴うか など具体的に詳しく聞かないと喘息の診断につながりませ ん。

藤村 患者さんから咳や咽喉痛、寒気など症状を細かく聞 き出すことが重要ですね。そこで、咳だけが残った場合、 これはもしかしたら喘息かもしれない、というように考え ることで良いと思います。

咳喘息の特徴と吸入ステロイド療法の効果

東田 喘息と診断したら、軽症であっても吸入ステロイド 療法を開始するというのが、最近の考え方だと思います。 それが喘息の重症化および難治化、さらには喘息死を減少 させることにつながると考えます。それでよろしいですか。

藤村 一般臨床ではそれで良いと思います。ただし、軽症 喘息は、臨床所見から喘息ではない咳との診断が難しいケ ースがあります。そのような症例では、喘息との鑑別がで きてから吸入ステロイド療法を開始します。

東田 その診断が難しいというのは咳喘息のことですね。 咳喘息についてはまだ一般的なコンセンサスが得られてい ないと思いますが、喘息の前段階の病態ではないかといわ れています。藤村先生、咳喘息の特徴についてお話しいた だけますか。

藤村 通常、喘息で最初の発作が起こるときは、数日、咳 だけが続き、それから喘鳴がみられるというのが最も多い パターンです。ところが、咳だけの状態が何ヵ月あるいは 何年も続いて喘鳴がみられないのが、咳喘息の特徴です。 この病態が注目されるようになったのは、喘鳴や呼吸困難 がなく喘息と診断できない慢性咳嗽患者のなかに、β2 刺 激薬の有効な症例が発見されたことによります。欧米では、気管支拡張薬、 特にβ2 刺激薬は、咳受容体や咳中枢に対し抑制作用を示さないので、喘息以 外の疾患に鎮咳薬として使用されることはありません。逆に、前記の症例で β2 刺激薬が奏効したということは、喘息の病態が存在することを示していま す。そこから咳喘息という名称も生まれました。私たちが調査した成績では、咳喘息が慢性咳嗽および慢性乾性咳嗽の20 %前後を占めていました(表2 )。 問題は、咳喘息患者がどのくらいの頻度で典型的な喘息に移行するかということです。既報の成 績を総合すると約30 %が喘息に移行すると考えられます。 咳喘息の難しいところは、通常、喘息かどうか診断できな いことです。問診、聴診、呼吸機能検査のどこにも喘息の 所見がみられません。しかし、β2 刺激薬には反応します。

東田 最近は咳喘息でも気道リモデリングがあるという報 告もされています。吸入ステロイド薬の有効性は咳喘息に 対しても期待できますか。

藤村 私たちは、咳喘息患者に対し吸入ステロイド療法を 5 年以上継続した結果、喘息への移行は確かに抑制されま した。

宮武 咳喘息をどのように診断するかですが、アトピー咳 嗽などと鑑別するポイントはβ2 刺激薬が効くということ でしょうか。

藤村 そうです。私どもでは通常、経口のβ2 刺激薬を使 い、咳が夜間に起こる場合は、さらに就寝前に短時間作動 型β2 刺激薬の吸入を行います。咳をどの程度抑えたら有 効といえるかは難しいところですが、アトピー咳嗽では、 β2 刺激薬はまったく効果がありませんので、鑑別は比較 的容易です。

吸入ステロイド薬は、高用量で開始し、
状態が安定したら減量する


東田 現時点では、喘息治療において、吸入ステロイド療 法が最も有用性が高いということに対しては異論がないと 思いますが、気管支拡張薬はいかがでしょうか。喘息は気 管支の収縮を伴いますから、吸入ステロイド薬と気管支拡 張薬の併用もされていると思います。どのような場合に気 管支拡張薬を処方なさいますか。

宮武 症状の内容によります。夜中の咳がひどくて困って おられる方には、短時間作動型吸入β2 刺激薬を処方し、 必要なときに頓用で吸入してもらいます。
両先生に伺いたいのですが、吸入ステロイド薬はどのく らいの用量から開始されていますか。

東田 厚生労働省の「喘息予防・管理ガイドライン」では 重症度別に吸入ステロイド薬の用量を設定しています。し かし、私はガイドラインの用量では不十分だと考え、該当 ステップより1 段階アップさせています。ガイドラインで は、Step 1 (軽症間欠型)の場合、プロピオン酸ベクロメ タゾン(ベクロメタゾン)200 μg/日、あるいはプロピオ ン酸フルチカゾン(フルチカゾン)なら100 μg /日を考慮 するとなっていますが、私は、ベクロメタゾン400 μg /日、 あるいはフルチカゾン200 μg/日で開始します。Step 2 (軽 症持続型)であれば、ベクロメタゾン800 μg/日、これも ガイドラインの推奨用量の2 倍です。このように比較的高 い用量から始めて、少なくとも3 ヵ月間は続けます。その 後、ステップダウンしていくという治療法です。

藤村 私の場合は、さらに高用量で開始します。導入時は すべて、ベクロメタゾン換算800 μg /日です。それを6 ヵ月 間くらい継続し、コントロールが得られたら、重症度を考 慮して減量します。軽症例であれば、ベクロメタゾン換算 200 μg /日くらいまで減量して維持することも可能です。 しかし、最初から少ない用量で治療するというのはお勧め できません。

宮武 私の投与法も両先生と似ています。ベクロメタゾン 800 μg /日、あるいはフルチカゾン600 μg /日ぐらいから開 始します。それを1 日2 回から3 回に分けて吸入してもらい ます。

東田 喘息と診断したら、軽症でも早期から吸入ステロイ ド療法を開始する。また、ある程度高用量(1 ステップア ップ)から投与するということだと思いますが、そのとき に注意すべきことはありますか。

藤村 どのくらいの期間で症状が良くなるかということを 前もって患者さんに説明しておくことが大切です。1 〜2 日 で良くなるわけではないので、その点に誤解があると治療 がうまくいかない恐れがあります。

宮武 いつまでに良くなるという約束はできませんが、新 規の患者さんであれば、1 週間後に必ず再受診してもらい ます。その時点で、例えばフローボリュームカーブを見て、 初診時に比べて良くなっていれば、「これだけ良くなって いるから、治療を続けていきましょう」というように励ま します。

藤村 重要なことは、患者さんに治療継続のモチベーショ ンをどのようにして与えるかということです。私は、患者 さんに2 週間後のために治療をしているのだと話していま す。ステロイド薬というのはすぐに効くわけではありませ ん。しかし、必ず効いてくることを理解してもらうために、 患者さんに説明することが大事です。

安全性とコンプライアンス

東田 患者さんおよび一部の医師のなかには、吸入ステロ イド薬の副作用をかなり心配されている方がいらっしゃい ます。吸入ステロイド薬の安全性について、宮武先生、い かがでしょうか。

宮武 これまでのところ、臨床上重大な副作用は経験して いません。吸入ステロイド薬の副作用には大きく分けて局 所的副作用と全身的副作用があります。局所的副作用とし て比較的多いのは、呼吸器系と消化器系の症状です。私の ところで、ドライパウダータイプの吸入ステロイド薬につ いて局所的副作用の頻度を調査した結果、呼吸器系では嗄 声、咳嗽など、消化器系では口腔内異和感や舌の痛みなど がみられました。
次に全身的副作用ですが、懸念されるもののひとつは、 骨代謝への影響です。そこで骨密度や骨形成マーカーを指 標として、長期投与の影響を検討しました。骨代謝の変化 を観察する場合、加齢や性ホルモンの影響を無視できない ので、対象を吸入ステロイド薬を投与されている40 〜60 歳 の女性喘息患者にしぼり、さらに閉経前と閉経後に分け、 性、年齢、その他の条件でマッチする健康人を対照としま した。その結果、閉経前の喘息患者の骨密度は対照と比べ 有意差が認められませんでしたが、閉経後の喘息患者では 骨密度が低下していました(図1 )。また、閉経後の喘息 患者では骨形成マーカーであるオステオカルシンも低下し ていました。この結果からみて、閉経後の女性に関しては 注意が必要だと思います。
それから、小児の成長に対する影響についても調べまし た。5 年以上吸入ステロイド療法を継続している小児喘息 患者19 例について成長の変化を検討したものです。この子 供たちの身長の変化を厚生労働省が示している成長曲線と 比較しました。マイナス2 標準偏差を超える低身長の患者 は、みられませんでした。ただし、小児でも第二次性徴発 現以前から吸入ステロイド薬を投与している場合は、閉経 後の女性と同じで、性ホルモンが放出されていない状態で すから、身長だけでなく骨密度の変化も調べる必要があり ます。私のところでも、第二次性徴発現以前から吸入ステ ロイド薬を使用していた症例で、骨密度の低い症例を経験 しておりますので、低年齢から吸入ステロイド薬投与を開 始する場合は、注意が必要だと思います。

藤村 では、小児と閉経後の女性には、どのように対処さ れますか。

宮武 吸入ステロイド療法は喘息治療に不可欠ですので、 実施しないということではなく、用量を抑えるようにして います。低年齢児の場合、ベクロメタゾン換算200 μg/日 以下にしています。小児では、そのくらいの用量でも有効 性が期待できますし、成人よりも早く改善します。

東田 吸入ステロイド療法のコンプライアンスをどのよう にして高めるかも大きな問題ですが、宮武先生、現状はど うなっていますか。

宮武 いくつかの吸入ステロイド薬のコンプライアンスに ついて、吸入手技、吸入量の2 つについて調べました。治 療開始時に吸入指導を行い、その半年後に吸入が指示どお りの手技、用量で行われているかを調べました。ベクロメ タゾンの定量噴霧式吸入薬(MDI )の場合、手技、用量と も適正と判定された患者は、50 代の女性を除くと半数以下 でした。特に、男性の成績が悪く、手技、用量とも指示を 守っていた患者が60 歳未満ではゼロ、60 歳以上でも20 〜 38 %と惨憺たる状態でした。その後、フルチカゾンのディ スクヘラーが登場したので、同じ調査を行いました。フル チカゾンのディスクヘラーはベクロメタゾンMDI に比べコ ンプライアンスは著明に改善しています(図2 )。この成 績からもわかるように、コンプライアンスには吸入装置の 使い易さが大きな影響を及ぼすと考えられます。また、吸 入指導にどのくらい時間をかけるかも重要です。

東田 吸入指導はもちろん大事ですが、多忙で繰り返し指 導する余裕がないとすれば、なるべく操作の簡単なものを 使うことがお勧めですね。

宮武 できるだけ簡単な装置、例えばフルチカゾンならデ ィスカスを使うことをお勧めします。

東田 両先生のお話から、軽症喘息であっても早期に吸入 ステロイド療法を導入する必要性が明らかになりました。 また、吸入ステロイド薬の用量、小児や閉経後女性におけ る注意点、副作用を減らしコンプライアンスを高める方法 などについても有益なアドバイスをいただけたかと思いま す。どうもありがとうございました。