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ヘルスこの一手
「環境変化への適応 休息を忘れずに」

 沈丁花のかおりが通りすぎ春が訪れる。多くの人が、入学、入社、異動、転居などの環境変化に対し、心身のエネルギーを費やす時期である。
 一般的に、ヒトが新たな環境に慣れるのに約3カ月要すると考えられている。新しい環境に身を置き、あらゆる方向に五感のアンテナを向けて情報を収集する。通勤や通学のルートや物のありかなど基本的な空間認知に始まり、どの人間が重要で自分にとってのキーパーソンであるのか、自分に求められているものは何か、自分の立ち振る舞いはどうあるべきか――。気疲れを感じて当然なはずである。
 数カ月経過すると、集めた情報をもとに、重要な自柄や人物が見え始める。同時に重要性の低いことも把握できるようになる。注力すべきこと、退いていいことなどを分別でき、徐々に心身の省エネが図られなじんでいく。これがいわゆる「適応」だ。
 しかし、落とし穴がある。躍起になっているときには。疲れを自覚しにくいことだ。興奮状態によりアドレナリンなどのホルモンが血中に放出されると、麻酔にかかったような状態となる。痛みや疲れなどを感じにくくなるのだ。動物が負傷していても、闘ったり、逃げたりできるのは、生命維持のための麻酔機能と考えられている。スポーツ選手が試合中のケガに痛みを感じにくいのと似ている。
 ただ、ふと力を抜いた時から、本来の痛覚や疲労感が顔を出す。精神医学の領域では「荷おろし」と呼ぶ状態である。大きなプロジェクトが終わった後の脱力感、虚無感などもこれにあたる。
 4月からの新生活が1カ月ほど経つと、ゴールデンウィークが待っている。興奮や緊張の糸が切れ、今までに無い疲労感倦怠(けんたい)感、気分の落ち込みなどを自覚しながら連休を過ごす。すると休み明けの生活が、思うように動かせなくなる。正式な医学病名ではないが、俗にいう「五月病」というような状態に陥ることがある。
 私たちの生活は、長距離走のようなものだ。ヒトは大きな力を一気にだすよりも、小さい力を長く出し続ける方が得意。疲労を感じさせず日々の暮らしを送っているように見えるが、休息を意識することを忘れていないか。この視点が大切なのだ。
(神田東クリニック院長 高野 知樹)
日本経済新聞 2015年4月4日朝刊


ヘルスこの一手
「塩分摂取、制限厳しく 味は変えず、量減らす」

 運用が開始された2015年版日本人の食事摂取基準で、国民はさらなる減塩を心掛ける必要があると改めて示された。
 さかのぼると、30数年前に成人男女とも1日の食塩摂取目標量が10グラム以下に設定された。05年には性差が設けられ、男性10グラム未満、女性8グラム未満とされた。10年には男性9グラム未満、女性7.5グラム未満と次第に厳しくなっている。
 男女間で塩分摂取目標量に差を設けることが発表された当時は、それに対応することの難しさに驚いた。家族内で料理の味付けや、盛りつけ量、卓上にある調味料の使い方まで一人ひとりに深く介入し泣けラバ、適切な減塩について語れないのではと思えた。
 味覚の楽しみをそぐような味噌、しょうゆなどの極端な節約は長続きするどころか、科学的とはいえ余計なお世話となってしまいかねない。
 そこで、さらなる塩分減らしの策として提案したのは、要領の異なる汁わんを何種類か用いることだ。それぞれ味噌汁や澄まし汁の塩分量がどのくらいか測ってみせた。
 常用しているおわん、その容量は各家庭でまちまちだろう。減量時に主食となる飯の量を測るのと同様、おわんに何ミリリットル汁が入るかを一度知れば塩分量の目安がわかる。
 味を変えずに塩分を減らすには量を限ることは不可欠。ただ、量の少なくなる不満をなんとか鎮めたい思いもあるだろう。そのときは料理屋で使われているような細長い蓋付きの小さい吸い物わんに変えるのも一つの手だ。蓋付きなら、量が少なくなっても良い香りと味わいが楽しめる。
 汁を出すタイミングを食事の最初からではなく、後半にするのも大事だ。
 以前から伝えてきたのは、汁物、煮物、あえ物をつくる際に、しっかりとしただし汁を基本の材料とすることが減塩効果を確かなものにするということ。真昆布、干しシイタケ、煮干し、削り節、干し貝柱、鶏ガラ、根菜類などは良いダシが引ける。
 洋風の食事は和食より塩分量が少ない。1日のうち一食をパンやシリアルを主食とすることでも、各自の塩分量調整はしやすくなるだろう。
 これから5年間の目標値は男性8グラム未満、女性7グラム未満。一段ときめ細かな減塩対策が必要になる。
(食卓プロデューサー 荒牧 麻子)
日本経済新聞 2015年3月7日朝刊


ヘルスこの一手
「ゲートキーパー 身近な人の異変に気づく」

 私たちは日々、自身の立場や役割における様々な悩みを抱えながら暮らしている。多くの悩みは、 思慮した結果にもとづいて、対処行動を起こすことによって解消へ導かれていく。しかしときに大きな悩みは、塊となって脳内を占拠し、日常生活に支障が生じるほど重くなる。
 内閣府が提唱している『ゲートキーパー』という概念がある。日本語の直訳は「門番」。何らかの異変に気づいたときに、対応の初動を起こす人ということで、そうした仕組みを精神保健福祉に応用したものである。悩みのために心理的危機にある身近な人に気づき、お互い支援し合える社会を目指すものだ。  ゲートキーパーの機能は主に4つに分類されている。まずは「気づく」。家族や友達、会社の仲間の変化に気づいて、声をかけてみる、ということを意味する。
 大脳皮質が発達しているヒトは、インプットされた情報をもとに、大脳によって様々な解釈がされた後に言動がアウトプットされる。ただ、心理的危機に陥っている状況での思考パターンはいつものような円滑な思考力がなく、心理的視野狭さくのため判断力が落ちていることもある。身近な人たちが「いつもと違う言動の変化」に気づいて声をかけようというのが、ゲートキーパーの出発点だ。  次が「傾聴」。本人の気持ちを尊重して、その話に耳を傾ける。気をつけたいのは、何か気の利いたアドバイスをしようと意気込まないこと。じっくりと話をきくことが悩む人への最大の支援になる。一緒に親身になってその悩みについて考えるのである。
 3つ目が「つなぐ」。話に耳を傾けることで自身の回復力、治癒力によって状況が改善することが多い。しかし、体調が悪い、疲れているのに眠れないというようなことが続くなら、専門家に相談するよう助言する。
 最後に「見守る」。つないだ後もやわらかく寄り添う気持ちで接するのが大切だ。
 ゲートキーパーは、実は小さな子供でもなれる。父親の元気の無い様子に気づき、「パパどうしたの?」と声をかける。そして母親につなぐ。お互いが思いやれる温かい社会をどうつくるか。周囲をよく見れば、身近なところにひな型はいくつもありそうだ。
(神田東クリニック院長 高野 知樹)
日本経済新聞 2015年1月10日朝刊


ヘルスこの一手
「怒」のコントロール 理由探り、早めに対処

「喜怒哀楽」はヒトがもつ様々な感情を示す言葉だ。4つのうち、喜、哀、楽は率直に表現しても相手に伝わりやすい。しかし怒は取り扱いを間違えると、伝わるどころか反発を食らい、時には関係がもつれることもある。
 ヒトは、お互いの心理的距離により感情の出し方を決めている。コミュニケーションは挨拶レベル→事実レベル→信念レベル→感情レベルの順で深まる。距離が近いほどベールがはがされ感情はむき出しになりやすい。
 お酒で気持ちが開放的となり一時的に距離が近まり、日頃の思いが放出される。それがもとでトラブルが発生することもある。助手席からドライバーの本性が見え隠れするのも同じ。しゃないの空間を共有し共通の目的地へ向かうとき、ドライバーは心理的距離が近いと錯覚する。
 昨今「モンスター○○」と呼ばれるような現象が起こっている。心理的距離に関係なく相手に「怒」を執拗にぶつける。駅員や店員、教員など丁寧で下手に出る相手を攻撃する。相手が「怒」で反撃してこないことをどこかで計算して、「怒」をぶつける。
 必ずしも「怒」イコール「悪い感情」ではない。生命維持のための動物的本能的機能でもある。沸き上がるエネルギーには意味があり、何か「困り事」があるのだ。その扱い方を心理学的には「アンガーコントロール」などと呼ぶ。ポイントは、沸き上がる「怒」に気がつき、次に何が「困り事」なのか探る。  コンビニの列で前の客と店員のやり取りが緩慢でイライラする。そういうときも「困り事」が何かわかれば、急げないことなのだと気づく。次に「怒」が破裂する前に処理をすること。その場を離れるなど他の方法を考える。
 それでも残る「怒」に対しては、言葉で表現すべきか、自分の中で整理すべきか決める。表現する目的は相手を攻めることではなく相手に伝えること。表現方法にアイ(私)メッセージというものがある。主語をユー(相手)で始めると攻め込むが、アイで始めると相手が受け取りやすい。「いつまで待たせるの」→「遅くて心配した」となる。
 それ以前に日ごろから3つのマイ、「マイスペース・マイペース・マイタイム」で自分をねぎらうことも大切だ。
(神田東クリニック院長 高野 知樹)
日本経済新聞 2014年9月27日朝刊


ヘルスこの一手
長寿支える食とは 魚介や野菜、果実カギ

 2001年の祝日法改正により、毎年9月の第3週月曜日と定められた敬老に日。今年は制定当時の9月15日だ。
 老人を敬愛し長寿を祝う国民の日として設けられたのは1966年で、当時の日本人の平均寿命は男68.35年、女73.61年。50年近い歳月が流れた今は、男80.21年、女86.61年。男性も80歳を超える超長寿国民となった。
 もっとも、これだけの年月を経ているのに、敬老の日をつくった時代と同じ年齢の物差しで、年寄りや長寿を定義することに戸惑いも感じる。
 ある日の混んだ電車の中でのこと。ヨロヨロと乗り込んで来た白髪の紳士に気がついた学生が、席を譲ろうと立あがった。ところが、その紳士は「そんなに年寄りに見えますか」といかにも不愉快そうな声で申し出を断った。年寄り扱いされたことに反抗をしたのだろうか。学生が気の毒に思えたが、昔なら年寄りといえる年齢でも、体力のある人は少なくないのだろう。
 2000年代の初めにスペインとフランスで開催された食の祭典に参加し、日本の食生活を天ぷらやちらしずし、みそ汁を作って紹介した。そのとき、沖縄ではどのようなものを食べているのかという質問をジャーナリストから受けた。当時の沖縄は長寿地域として広く知られ、地中海沿岸とともに、日常の食事や生活について関心が寄せられていた。
 それだけに沖縄が長寿番付で後退したときには、関係者の間で「沖縄ショック」と呼ばれるほどの医療上の大関心事となった。
 沖縄県に代わって男女とも上位に上がったのは長野県。両県の食生活習慣を比較する研究班は、その原因に関していくつかの報告をした。心臓血管系の病態を専門とする研究者は早世率(65歳未満で死亡する確率)の違いを指摘。沖縄で、主に心疾患と脳梗塞が増えていることがそれを裏付けているようだ。
 家庭でできる食生活や身体運動の比較では、沖縄の魚介類、野菜類、果実類の摂取量が低下し、動物性食品由来の脂質摂取量が急速に増加していることも確認された。また、沖縄の乳・乳製品の1日の摂取量85.3グラムに対し長野県は113.4グラムであった。長寿に必要な食卓の姿が垣間見えてきたようだ。
(食卓プロデューサー 荒牧 麻子)
日本経済新聞 2014年8月30日朝刊


ヘルスこの一手
体重増、小幅なら 糖質低めに保つ食事を

 梅雨が明け始める頃になると、夏休みの計画に思いをはせるひとときが多くなる。
 学生は長い休みを利用し、インターンシップを通して社会参加の機械を得る。これは近く取り組む就職活動の準備でもある。今年社会人となった若者にとっては、初めての長期休暇。心身のリフレッシュにつながるよう十分な日程をあててほしい。
 ところで、旅先や研修先で普段通りの体調を保つようにしなければならないのは若者ばかりではない。やたらと暴飲暴食を重ねない心構えは中高年も必要だ。
 体重が増える原因ともなる美味探求の過食は、ほんの通日の出来事だろう。だがその影響を元に戻すのには何倍もの日数を要することもしばしばだ。帰国後、日常生活に幸い戻すことができればそれにこしたことはない。だが、そのうちにと思っている間に日がたってしまった経験は多いのではないだろうか。
 1、2キログラムの体重増であれば、今はやっている糖質を一定量に保つ低炭水化物の料理と献立をすすめたい。この方法は、6週間くらいの期間内で実施するなら、市販されている指南書を参考に日常食のアレンジで手軽にできる。
 糖尿病や脂質異常症、高血圧症など生活習慣病がある人、また数キログラム以上の減量を必要とする場合には、医科学的なデータ管理と専門家によるアドバイスを仰ぐことが必要になる。食事を低炭水化物にするといっても、普段どれくらい接種しているかを特定するのはかなり困難だ。1食ごとに重量を測り記録し、計算するのはプロでも避けたい作業となる。
 では何を基準に「低」を維持したらよいのだろう。日常的な総菜でしばらく休止したいのは、ポテトサラダ、コロッケ、肉じゃが、やきそばパン、お好み焼きなどだ。
 ラーメン&ライスやうどんとおにぎりなど、組み合わせの定食。この他ステーキやハンバーグに添えられるフレンチフライポテトもご法度。主食のご飯はもちろん小盛りで。カレーやハヤシライスにも注意を向けて。ポテトの入らないサラダをたっぷり添え、ご飯を普段の半分にすることが最善策。この方法、期間を限ればチャレンジできそうではないだろうか。
(食卓プロデューサー 荒牧 麻子))
日本経済新聞 2014年6月28日朝刊


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中高生のスマホ依存「使わない」時間設け防ぐ

 電車の中で周りを見ると、ほとんどの人がスマートフォン(スマホ)をいじっている。ネットを閲覧していたり、メールなどを書いていたりと様々だ。気のせいか口角が下がり気味で難しい表情をしている人が多く感じる。楽しくもなく、ただすき間の時間を埋めているのだろうか。
 それでも今の社会人ならスマホのない時代も経験しており、目の前のすべきことに集中することができる。それが中高生になると、初めて手にする携帯端末がスマホということもある。家族と夕食をとりながら、宿題をしながら、テレビを見ながら、意識はスマホに向かい指を動かす。
 厚生労働省による全国の中高生を対象とした調査(2013年発表)で、スマホなどネット依存が疑われる中高生が52万人と推測された。内閣府の調査(同)でも中学生の25%、高校生の56%がスマホを所有していて、1年前の同調査では中学生が5%、高校生が7%、驚くべき速さで浸透している。  様々な依存症に対し第一線の治療を提供している久里浜医療センターでは、2011年に日本初の「ネット依存治療専門外来」が開設され、新規の受診予約が半年以上先になるほど患者が増えているという。困った事態の典型例として「親が注意すると暴れる」「ネット環境を取り上げると無気力となり引きこもる」。親も音を上げている。
 単に「はまる」のと病的な「依存」の違いは何か。精神医学的には「自身で止めたいと思っても制御できず心身へ影響を及ぼし、結果として本来の社会生活への支障が生じる」状態を病的ととらえる。スマホはパソコンと違い環境を選ばずに使える。歩きスマホが社会問題になっているが、「ながら」使用ができる点も依存を導く要因。
 依存症治療は、制御できないから「断つ」という考え方がベース。ただ現代社会において携帯端末を「断つ」のは現実的ではない。だから治療法は未確立といえる。
 すさまじい浸透の速さの中で、道徳や倫理をじっくり培えなくなっている。食事中はスマホを使わないようにすることや、旅行中はネットを断ち切った生活をしてみるなど、使う頻度を落として「依存」に陥らない環境をつくる家庭での取り組みが必要だ。
(神田東クリニック院長 高野 知樹)
日本経済新聞 2014年5月3日朝刊


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荒牧 麻子 春の貝類

 雪解けと共に季節は七十二候第九候、菜虫蝶(なむしちょうとなる)を迎える。培養土やプランターボックスを自転車の荷台に載せて街を行きかう姿をよく目にするようになった。  2週間続いた悪天候は、春の園芸シーズンを心待ちにしていた人たちをやきもきさせていたことだろう。
 春の旬の食べ物といえば、入学進学のお祝いや栄転など、ちょっと華やいだ嬉しい食卓を飾った食品や食材を記憶していることが多い。
 大学生に子どもの頃家庭で食べた春の食べ物を聞いたところ、すし、次いでフライドチキンという答えが返ってきた。
 70歳を越える体操仲間の婦人グループにも同じ質問をしたら、一番はやはりすしだった。だが、次は「ぼたもち」という声が多数。同じものだが、季節と所変れば「おはぎ」と呼ぶこともわかった。

アサリなどタウリン豊富

 これから旬を迎える魚介類には、赤貝、ホタルイカ、アサリ、シラウオ、サヨリなどすしや酢の物など和のご馳走となる食材が目白押し。
 新鮮なものは刺身として、みそ汁、酒蒸し、パスタ、かき揚げなど色々に楽しめる。
 時代小説にも登場する深川飯、古くはアサリを炊き、煮汁ごとご飯にかけて食したようだが、現代では江戸の炊き込み飯として駅弁でも人気がある。
 春の貝類に代表される魚介には、遊離アミノ酸タウリンが多く含まれている。滋養強壮や二日酔い解消をうたう飲料にも配合されていて、コマーシャルでおなじみの成分だ。
 背の青い魚を加熱調理したときココア色となる皮と身の間にある血合いと呼ばれる部分にも多い。イワシ、サンマ、ニシン、カツオ、サバ、ブリなどがそう。ミル貝、ホタテの貝柱、シジミ、カキ、サザエ、真タコ、ヤリイカなどからも取ることができる。
 タウリンは母乳にも含まれ、乳児の脳神経細胞や網膜の発達とも関係している。成人では血中コレステロール低下作用、肝機能の向上にも期待がかかる。
 背の青い魚よりエネルギー値が低い貝類からのタウリン摂取がお勧め。太平洋サーモンやマサバ、サンマは百グラム当たり200キロカロリーを越えるが、アサリは30キロカロリー、カキは60キロカロリー、ヤリイカでも85キロカロリー。低カロリー派にはうれしい数値が並ぶ。(食卓プロデューサー)
日本経済新聞 2014年3月15日朝刊


ヘルスこの一手
大鶴 洋 歯周病の出血

 歯周病の出血で悩んでいる方は、以外と多いと思う。歯磨き後のうがいの時に気がつくのではないだろうか。確かに、唾液に血液が混ざると、血液の独特の色で気分が悪くなるのはわかる。
 歯周病での出血が発生する過程を考えると理解しやすい。歯周病は歯と歯肉の境に食事のかすなどの汚れが付着することから始まる。汚れは細菌の塊である歯垢(しこう)となり、歯肉に炎症をもたらす。最初は歯と歯のすき間を覆っている歯間乳頭部と呼ばれる部分から炎症が起こる場合が多い。健康な歯間乳頭部の歯肉は、ピンク色で固い感じで、動きにくく、表面は夏みかんの皮のようにブツブツしている。形は、歯と歯の接触点に向かって三角錐(すい)のようになっている。

歯磨きをやめないで

 歯間乳頭部の歯肉が歯周病で腫れてくると、この三角のシャープな感じがなくなり、暗赤色になり、ブツブツが不明瞭になる。特に、前歯の部分は歯磨き時に歯ブラシが擦れると容易に出血する。
 歯周病の初期は、この歯間乳頭部から腫れが目立ってくるが、進行すると歯の回り全体に及ぶ。この頃から、歯の回りに歯周ポケットができ、そこに汚れがたまり、炎症の悪循環が始まる。歯肉はブヨブヨと赤く腫れて、歯ブラシの接触でも容易に出血する。
 出血すると怖くなり、歯磨きの仕方が控えめになる方が多いかもしれないが、そこで歯磨きが大ざっぱになってはいけない。歯周病の原因は、歯と歯肉の境にある汚れが原因なので、汚れが除去されない限り状況が改善する可能性は少ないと思う。
 このことは、歯科治療の場でも同じである。簡単に表現すると、歯周病の治療では歯周ポケットの中の汚れを除去し、内部を洗浄することが多く、炎症のある歯周ポケットの中を触るので出血しやすい。その出血に驚いて、中には治療を中断してしまう方もいるが、いずれ炎症がおさまれば、出血も減ってくる。
 歯肉からの出血は歯周病が原因の場合が多い。まれに、血液の病気や口の中の腫瘍でも、歯肉からの出血がみられるが、一般的には歯周病の場合がほとんどである。歯肉出血で迷われる場合には、歯科医院を受診してほしい。
(国立病院機構東京医療センター歯科口腔外科医長)
日本経済新聞 2014年2月15日朝刊  


ヘルスこの一手
大鶴 洋 咬み心地とは

 毎日の生活の中で、食べることは重要だ。空腹感を感じたから必然的に食べるのではなく、好きなものを食べる場合、友人や家族と和気あいあいと、時にはストレス発散のためなど様々だろう。食べる楽しみといえば、第一に味覚を思い浮かべる方が多いだろう。しかし、味と並んで切っても切れないものとして、咬(か)み心地も大切なものである。そこで今回は、咬み心地について触れてみたい。  咬み心地とは、食物を咬むことによって得られる感覚である。肉を食べる、煎餅をバリバリと噛み潰す、リンゴをかじる、野菜の煮物を食べるなど、一口に咬むといってもその感覚は様々である。そして、咬む上で重要なのは歯の存在だ。しかし、咬むことは歯の独壇場ではない。咬む時には筋肉が収縮し、顎関節を中心として下顎骨が運動する。当たり前のことと思うかもしれないが以外と重要だ。

歯と筋肉が複雑に連動

 少し話しが難しくなるが食べる時の下顎骨の運動は、随意運動と反射から成り立っている。随意運動は意識的な運動で、脳からの指令が筋肉に伝播されて動く。一方、反射とは意志とは関係なく筋肉が動くことで、伸ばされた筋肉が収縮する反応である。他には、口腔(こうくう)粘膜の感覚から起こる反射もある。
 スルメを食べるときの感覚を思い浮かべると理解しやすいと思う。歯で噛み潰し味を感じると同時に耳の前にある顎関節と周囲筋肉に適度な力が加わり、こめかみの筋肉も機能していることが実感できるのではないだろうか。この動きでは、自分の意志で筋肉を動かすことと筋肉の反射が複雑に自然のうちに機能している。
 この点からご理解いただけるかもしれないが、歯の本数が多少少なくても、義歯であっても咬む感触は、筋肉や顎関節を通じて感じることができる。極端な例では、歯が無くても上顎と下顎の土手で上手に食物を潰しながら食べている方もおられる。だからといって、歯科の治療が必要ではないと言っているのではなく、必要に応じて歯科での治療を受けていただきたいと思う。
 咬むことは食物を口から胃に運ぶ第一歩。健康を保つ上でも、ご自身の歯を含めて口腔のメンテナンスのためにも、かかりつけの歯科を持っておくことをお勧めしたい。
(国立病院機構東京医療センター歯科口腔外科医長)
日本経済新聞 2014年1月4日朝刊


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