MAN会報
食物礼賛 その12
― 人はなぜ太るのか? ―


理事 藤田 きみゑ

 世の中にはちよっと食べ過ぎると直ちに体重増加を来たし、ダイエットが非常に困難な人が存在する一方で、ケーキバイキングを繰り返し、好きな食べ物を好きなだけ食べても太らない人種が存在する。
 当院では月2回、土曜日に腹部と頚部の超音波(エコー)検査が実施される。この腹部超音波結果の半数程度が脂肪肝であるため、対応策として食事指導が行われる。しかし、患者の食事内容を聞きながら、時折、不思議に感じるのは(患者の言葉を全面的に信用するならば)、アルコールも飲まず、菓子類も小さな饅頭1個程度、脂肪肝を発症するほどのカロリー摂取なくしてなぜ脂肪肝?と、思う患者が少なからず存在することである。
 この事象に関しては、日本人特有の倹約遺伝子が強く働き、効率的に消化吸収が行われた結果、備蓄カロリーが使用カロリーを上回り、肥満に傾いたと患者さんに説明しているが、果たしてそうなのか?
 現在、肥満の原因は、栄養的に偏りのあるカロリー過多の食事と間食の摂取、アルコールの飲用、運動不足とされ、これに遺伝的要因が関与すると考えられている。しかし最近、これら因子に加えて、新たな肥満要因の存在が報告されるようになった。

1.腸内細菌の関与
 以前、プロバイオティクス(人体に好影響を与える微生物)の項にて述べた如く、人体は多種多様な微生物を体表面、口腔内、消化管内、鼻腔内、泌尿生殖器に定着させ、共存している。このうち特に、腸内に存在する常在細菌群を腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)と呼び、一人当たりの菌種は100種以上、菌数は100兆個以上、腸内細菌全体の総重量は約1.5kgに上るとされている。
 この腸内細菌は、宿主が摂取した食物に含まれる栄養分を栄養源として発酵することで増殖し、同時に様々な代謝物を産生する。納豆菌は腸内で血液凝固に関与するビタミンKを産生する。このため、V.Kを含む食品を摂取しなくても納豆を食べていればV.Kが補われる。かように菌の存在無くしてヒトは生存できない。
 この腸内細菌が肥満に関与するという可能性が、太った人と痩せた人の腸内細菌を比較することによって示された。すなわち、肥満の双子と痩せた双子の糞便中における細菌の比較において、肥満の双子の細菌叢は菌種が乏しく多様性が少ないことに対して、痩せた双子の細菌叢は多様性に富み、数多くの菌種が存在していた。
 この差異が真に肥満の原因になるのか否かを調べるために、ゴードン (Jeffrey Gordon)らは、多数の無菌マウスの腸内に肥満の双子と、痩せた双子の腸内細菌をそれぞれ移植し、各々同じ餌で、別々のケージで飼育した。すると、肥満の人から細菌を移植されたマウスの体重は、痩せた人から移植されたマウスのグループよりはるかに重くなった。しかし、この2種類のマウスを同じケージで飼育すると、肥満のマウスは痩せて、体重の差は無くなった。肥満マウスが痩せたマウスの、特に、バクテロイデス属の細菌を含んだ糞を食べることにより(マウスは一般的な行動として、自分たちの糞を食べる)、肥満は解消したのだ。
 このバクテロイデス属(genus Bacteroides)は、グラム陰性の偏性嫌気性非芽胞形成桿菌で、難消化性のフラクトオリゴ糖および単糖を代謝して栄養源としている。この細菌は基本的には病気の原因とはならないが、体力の弱った患者や、エイズなどの免疫能が低下した患者に発症する日和見感染(ひよりみかんせん)の原因菌となる。しかしその一方で、この菌種は腸管免疫系に作用し、小腸にて免疫に関与するIgAの産生を誘導する。かつ宿主生体の生理機能にも影響を与える。この生理機能への影響が、ひよっとしたら肥満解消に役立っているのかも知れない。
 またゴードンは、肥満マウスは痩せたマウスより、血液中と筋肉内に「分子鎖アミノ酸」と「アシルカルニチン」が多く存在することを確認した。これらの物質はいずれも、肥満者や2型糖尿病患者で高値を示すことが知られている。これらを総合してゴードンは、肥満マウスの腸内細菌叢は、正常な体重維持と代謝に影響を与える細菌が欠落していると考えている。さらにまた、辨野博士は体重270kgの男性の腸内細菌叢を調べて、50%以上が新種の肥満系腸内細菌で占められていたことを証明した。これらを総合すると、ゴードンの示す体重を維持する細菌の欠落と、肥満系腸内細菌の増加が、肥満を増幅させることが考えられるのだ。

2.腸内細菌叢の安定を脅かすもの
 ニューヨーク大学のブレーザー(Martin Blaser)は、畜産農家が感染予防のために家畜に投与する程度の、少量の抗生物質をマウスに投与すると、マウスの体脂肪が15%増加することを、また、同大学のコックス(Laurie Cox)は、高脂肪食と抗生物質を組み合わせてマウスに投与すると、マウスが肥満になったことを報告している。これは、体重をコントロールする細菌群の死滅と、高脂肪食の摂取が肥満に拍車をかけることを示している。
 しかし抗生物質は、医療の現場において日常的に頻回に用いられることが多い。特に、わが国では様々な抗生剤が多用されており、風邪気味なので、あるいは膀胱炎症状が再燃しては困るので抗生剤も処方して欲しいと、患者が医師に注文を付けることも多い。
 一方、海外では抗生剤の使用は限定されていることが多く、医療費の抑制と、耐性菌の発生抑止のために、軽度の中耳炎なら抗生剤なしで経過を診るべきだ、などと海外ガイドラインに書かれていたりしていて驚かされる。しかしながら、彼ら研究者が警告するのは、様々な感染症予防のために家畜や養殖魚等に漫然と投与されている抗生物質だ。ヒトに対するこれら抗生剤、抗菌剤の作用についての安全性は保障されている訳ではない。ヒトは家畜や養殖魚を調理し摂取する度に、微量の抗生物質を体内に取り入れることになる。このような意味でも、食品のトレーサビリティ(食品の安全性の追跡可能性)を確認する注意が益々必要になるだろう。
 しかし、抗生剤を多用しない欧米で肥満者が多く、抗生剤を多用する日本人の方が肥満度が少ないと感じられるのは、抗生剤が肥満の主体では無く、高脂肪食、砂糖の過剰摂取、アルコールの多飲が最大要因となるのかも知れない。事実、本来マウスの餌は繊維質の多い低脂肪の餌であるが、ゴードンらは野菜、果物、繊維が少なく、脂肪の多い「西欧風食」を肥満タイプのマウスに与えた所、やせ型マウスと同じケージで育てても、体脂肪の蓄積が更に進んだ。不健康な食事が、肥満をコントロールする細菌の繁殖を妨げたのだ。
 腸内細菌叢が肥満に影響するという結果を背景に、ヒトの肥満治療に応用できないかという研究が進んでいる。しかしながら、痩せタイプの人の糞便を、直接、肥満タイプの腸管に移植するにはさまざまな倫理問題が横たわる。移植元にどのような病気が潜むのか分からないからだ。
 取りあえずわれわれに出来ることは、善玉菌と考えられるビフイズス菌などの発酵食品や、ワカモト、ビォフエルミン、アレルケアなどの健康補助食品の摂取に加えて、従来から言われている高脂肪の食事、砂糖・菓子類、アルコールを控え、野菜、雑穀、海藻類、キノコ類、果物、繊維質の多い食品、いわゆる純和風の食事をせっせと食べることに尽きる。食事指導はまだまだ健在だ。
(滋賀県立大学名誉教授)

【引用文献】
Claudia Wallis:Gut Reaction.Scientific American june, 2014. Wikipedia- 腸内細菌, Wikipedia- バクテロイデス属.  Jeffrey Gordon:Science,September,2013. 辨野義己:見た目の若さは腸年齢で決まる.PHP サイエンスワールド,2009.


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