MAN会報
喘息とお友達?
理事 上地 義男

 中高時代を体育会系で育ち、体力には自信があった小生が、阪神大震災の1年後、咳が出て歩くと息苦しく変だと地元のお医者さんに行き、「喘息」と診断されたのが18年前。現役で仕事にバリバリ励んでいた頃だ。
 体調が悪くなると「サルタノール」で元気を取り戻す生活を続けた。東京出張から帰り、新大阪の階段で動けなくなり、薬の助けを借り帰宅したものの、深夜に突然発作が出た。早朝動けぬ身体を女房殿に背負われ、ほうほうの体でK病院へ。直ちに入院。点滴と酸素吸入を受けた。「原因は、震災時の壁土の黄色く汚れた空気とストレスだ。同じような患者も多くいる」との説明だった。
 今年亡くなった母親が見舞いに来て「順番を間違えるな!間違えるのは一番の親不孝者だ」と妙な励ましの言葉が身にしみた。担当医から「喘息とうまく付き合え、友達になれば、発作は抑えられる」との助言を幾度と聞く。その後も、やばいと変調に気づき、それ相応の対応はするものの、発作の症状と頻度は、悪くなる一方だった。発作の苦しみから逃れたいと思い続けていた11年前、Fさんから「喘息の名医がおられると紹介され、宮武先生のお世話になる事になった。御蔭で、3年前を最後に「入院」は死語に!もう喘息とは友達になりたくない。40年間、会社を勤めたら、好きな事をやろうと決めていた。
 今は、全国の城郭・史跡や景勝地を飛び回り、田舎の畑で野菜作りにも精を出す日々だ。本当に健康の有り難さが身にしみる。松本城・姫路城・熊本城・高取城・竹田城・隠岐の摩天崖・阿蘇の大観峰に、自分で作ったトマトで飲むビール等々。エエでえ!男性の平均寿命は80歳。健康寿命が70歳と、健康ではない期間が10年もあるらしい。何とか10年の差を縮めたい。宮武先生、小生も体調管理には人一倍留意しますので、健康のまま、お陀仏となりますよう、宜しゅう、お頼もうします。


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