MAN会報
喘息の素

谷鳥 真一

 喘息の歴史は古い。ある博士の研究によると、どうやらペキン原人あたりから始まったらしい。そう、僕らを苦しめてる喘息は60万年も前から、人類に連綿と引き継がれている。喘息の歴史は人類の歴史なのだ。
 僕の父方の先祖は、丹後半島の豪族で、本能寺の変のとき、明智光秀に味方したがために武士を首になり農民になった。流石に400年以上、土を耕してきた家系だけに皆頑丈だ。
 父に至っては関東軍の小隊代表になるくらい相撲が強かった。大東亜の戦乱も、ソ連での強制労働も、飢えの戦後もたくましく生き、病気なんぞしたことがなかった。子供の頃、大人になったら、父のような強い体になると信じ切っていた。
 一方、母方は1000年以上も前から続く織物職人の家系で、応仁の乱の頃、西軍の陣地付近に住んでいた。苗字を許された由緒ある家柄だけど、いかんせん京人は「か弱い」。祖母も母も病弱で、すぐ寝込んでいた。
 どうも僕は母方の血を多く引き継いだようで、小さい頃から病弱だった。よくよく調べてみると、曽祖父が喘息だったらしい。ゼェゼェ言いながら織っていた。ロクな薬のなかった時代、さぞ苦しかっただろう。
 数え切れぬほど発作を起こした子供時代から、吸入器と共にゆっくりと月日は流れ、やがて大人になり、そして気が付けば還暦を過ぎていた。
 残念ながら父のような強靭な肉体は手に入らなかったけど、喘息は決して苦しみだけを僕に与えたわけではない。
 まず、何より弱い人達を思いやる心が身に付いた。
 さらに、普通に息が出来るだけで有難く感じるので、それほど仕事が苦にならない。元気なときは今のうちに働いておこうと、仕事に励む。発作で眠れない夜などは、明日の自分を朝までじっくりと考えることができた。そんな喘息の日々を精一杯生き続け、気が付いたら祖父と同じくいっぱしの職人になっていた。
 さて、ノモンハンの爆撃もシベリアの永久凍土も平気だった父は67才であっけなく逝ってしまった。動脈瘤破裂だった。
 その後10年、母は相変わらず病弱だったけど、父と同じ67才まで生きた。神様は案外公平なのだ。


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