MAN会報
糖尿病とネアンデルタール

理事 宮武 明彦

はじめに

 糖尿病に関する世界最古の記述は紀元前1550年エジプトのパピルスに認められる。それから3500年の時を経て、糖尿病患者は日本のみならず世界的規模で拡大し、かつ増加の一歩を辿っている。2013年の世界統計によれば患者数は3億8200万人に達し、1位:中国約1億人、2位:インド6200万人、3位:米国2370万人の順序で、日本は1067万人で6番目となる。この調子で増加すれば、世界中の糖尿病患者は2030年には5億5000万人になると予測されている。

日本人と糖尿病

 日本における糖尿病患者の増加の原因は、@日本人の特質として生来インスリン分泌が悪い体質を持つこと A欧米風食生活への変化による高脂肪食の摂り過ぎと運動不足から引き起こされた肥満の増加 B体重増加によりインスリンが効率的に働かず血糖上昇を招きやすい C飢餓時に有利に働く遺伝子である倹約遺伝子の発現が白人に比較して高率である等が列挙されるが、これら要因が重なり合って、わが国でも患者数が急増し、今や人口の10%に達している。さらに、糖尿病予備軍を入れれば2000万人を越えると考えられている。また、日本人糖尿病患者の平均寿命は、男10.2歳、女13.7歳それぞれ短命である。

糖尿発症の原因遺伝子がネアンデルタール人由来

 国際研究チームSIGMA(Slim Initiative in Genomic Medicine for the Americans)は、メキシコおよび中南米地域の人々の糖尿病発症率が、アメリカの白人(非ヒスパニック)に比べて約2倍も高い理由について検討した。    今までに判明している糖尿病発症の候補遺伝子としては、いずれも倹約遺伝子(thrifty genotype)関連の疾患感受性遺伝子であるPPARγPro12→Ala多型、β3アドレナリン受容体Trp64→Arg多型、アディポネクチン イントロン2T→G多型等があるが、メキシコおよび中南米地域の2型糖尿患者3848人と非糖尿病4366人の2群間の遺伝子解析を実施したところ、今まで全く糖尿病関連遺伝子として注目されていなかった新たな遺伝子、SLC16A11に変異(4個のアミノ酸が置き換わったもの)が認められることを明らかにし、SLC16A11変異を持つ群は、持たない群に比較して糖尿病の発症が20%高いことを突きとめた。
 さらに、民族間でSLC16A11遺伝子変異の有無について検討した結果、アメリカ先住民は50%、東アジア人10%、ヨーロッパ人2%の頻度で持っていることがわかった。しかし、アフリカ人は0%で全く認められなかった。

 このSLC16A11に遺伝子変異があると、肝臓における中性脂肪代謝を介して、糖尿病発症のリスクを上昇させると考えられている。この遺伝子型は、現生人類(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルタールレンシス)との混血によって生じた遺伝形質の1つであることも判明し、この研究成果は2013年12月号Nature誌に発表された。

ネアンデルタール人の背景

 700万年前アフリカで類人猿から分かれた最初の猿人(トゥーマイ猿人)が登場し、500万年前、ヒト亜科とチンパンジー亜科が分岐した頃に、ヒトは直立2足歩行で歩き始めた。それ以降、20種以上のヒト科の種が登場しては消えていったとされている。
 およそ50万年前にアフリカで誕生したネアンデルタール人は、ヨーロッパや中央アジア、西南アジアの広い範囲に進出していった。彼らは、骨太で筋肉質な体型で、身長は170cm前後であり人類と変わらなかったが、紫外線の少ない緯度の高い所に主に住んでいたので、今の白人に近い皮膚の色をし、頭蓋の容量はヒト1400mlより大きい1500-1600mlであった。例えば、髪の毛を整え、髭を剃ってスーツを着てNew Yorkの街を歩いていたとしても、彼がネアンデルタール人と気付く人は少ないであろう。
 一方、20万年前にアフリカで誕生したホモ・サピエンスは、約12万年かけてアフリカ全土に広がっていった。しかし、激しい地球気候変動(氷河期、乾燥化、砂漠化)等の環境悪化に伴って、8万年前にホモ・サピエンスの一部がアフリカから中東アジア、西南アジア、ヨーロッパへと決死の逃避行を行った。しかし、その地域には、先にアフリカを旅立って先住民となっていたネアンデルタール人が生活していたので、後からやって来たホモ・サピエンスと共存することになった。ネアンデルタールが絶滅したのは約2万4000年前であると推定されているため、彼らは少なくとも5万年以上にわたり共存していたと考えられる。

人類はネアンデルタール人との混血

 現生人類のヒトゲノム研究結果によれば、日本人と欧州人の遺伝子の違いは0.08%程度で、アジア人同士では違いはさらに僅かである。しかし、アフリカ在住の各地域のアフリカ人を比較すると違いは0.1%と大きい。(ちなみに、2002年1月、Science誌に報告された理研横浜研究所の報告によれば、ヒトとチンパンジーとのゲノムの違いは1.23%しかない。)このように前者の差異が小さいということは、アフリカで誕生したホモ・サピエンスが8万年前にアフリカを出て世界中に拡散したことを意味している。
 一方、古人類学者達によれば、ホモ・サピエンスは純粋な種であり、ネアンデルタール人との混血はなかったと長年主張してきたが、ドイツのマックス・プランク研究所のSvante Paeaeboらは、クロアチアのヴィンディア洞窟で発掘されたネアンデルタール人3体の遺骨から解析されたゲノム解析結果から、ネアンデルタール人のDNA配列が、ホモ・サピエンスの遺伝子配列の中に1.0〜4.0%混入していることを発見した。この研究結果は2010年5月号Science誌に発表された。
 さらに彼らは、現在のフランス人、中国人、パプア・ニュ−ギニア人の人種間のゲノム解析結果と比較したところ、同じDNA配列が彼らの中に確認されたが、現アフリカ人の中にはそのDNA配列は見出せなかった。この研究結果から、人類はアフリカを出た後に、まず中東アジアに居住していたネアンデルタール人との間で混血が始まったことを物語っている。その後、人類は世界中に拡散して行ったが、ネアンデルタール人は自分達の遺伝子痕跡を人類のDNA配列の中に残して、2万4000年前に地球上から姿を消してしまった。以降、ホモ・サピエンスがヒト科属の唯一の生き残りとして地球上を席巻することになる。

遺伝子変異と病気

 最も現生人類に近く、5万年以上にわたり地球上で共に暮らしていたネアンデルタール人が、忽然と地球上から姿を消した理由は不明であるが、今回のNatureの論文は、ヒト科間の混血という別の観点からの疾病発症を示唆している。
 例えば、アリゾナ州のピマ・インディアンの糖尿病有病率が40%と高率である理由が、今までβ3アドレナリン受容体多型のみに由来すると考えられていたが、ネアンデルタール人との混血由来の遺伝子SLC16A11の変異が、この高い有病率に何らかの影響を及ぼしている可能性が考えられる。さらに想像の域を超えるかも知れないが、ホモ・サピエンスとホモ・ネアンデルタールレンシスとの混血による遺伝子変異が、この他にも様々な病気の発症起点に関与している可能性も考えられるのだ。

【参考文献】
Sequence variants in SLC16A11 are a common risk factor for type2 diabetes in Mexico;
The SIGMA Type 2 Diabetes Consortium doi:10.1038/nature 12828
「そして最後にヒトが残った」 クライブ・フインレイソン著 
白揚社 2014年2月20日
「ヒトはどのように進化してきたか」 ロバート・ボイド、ジョーン・B・シルク著 ミネルヴァ書房 2011年7月10日


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