MAN会報
ロンドンぶらぶらの旅

栄光時計株式会社 会長 小谷 年司

 宮武先生も若い頃、ロンドンに留学されていた。今回の文章は昨年に書いたものですが、読んで頂ければ嬉しいです。
 七月にロンドンを一週間ばかりのんびりしていたのだが、十月になって機会があってまた出かけて行った。若い頃から何度も出かけたし、小さな現地法人も持ったことさえあったが、ロンドンをあまり好きになれなかった。仕事の出張が多く、ゴルフはクラブさえ握ったことがなかったので、今日は本場でプレイだと目を輝かす同業者たちの心情が分からないせいもある。それに、かっては食べ物が美味しくなかった。そんなことないわよ、家庭料理は美味しかったわと、英国好きの女友達は言ったが、一人旅が多かったので、家庭に入り込む事はなかった。フランス人の友達が、英国の高級レストランへ行くと、料理では、ナイフやフォークや皿を食わされるから用心しろと言った。英国の影響で、明治以来、日本でもテーブルにずらりと食器が並んでいる。フランスでは、一つの料理には一組の食器を出す。英国では、料理が駄目な代わりに、食器が立派だと言うジョークである。確かにアングロサクソン人には、ラテン人と違って食べ物は人を養えば良いと考える面が強い。
 スコットランドに行くとハギスという家庭料理がある。一種のソーセージだが、羊の肉や内臓やらを細切れにして、オートミールで繋いだものが詰めてある。これにウイスキーをかけて食べる。現地の有名なホテルで、一種の余興として出されたものを試したが、わが人生でこんな不味い物を食べた事はない。

 もう三十年も昔のことだが、ロンドン郊外でよく流行っている店を開いたフランス人のシェフが、英国人の下働きをしていた経験を、雑誌に書いていた。その店に来た客が、料理がまずいと抗議すると、その場はつくろっても、客が帰ると、うちの店では何十年来この料理で満足して客は通ってくれる、あの人は変人だから、相手にしないでおこうと、みんなが言ったそうだ。英国人の一面性が出ていて、おかしかったので、今でも覚えている。
しかし、今では時代はすっかり変わった。ロンドン、パリはユーロスターで三時間もかからない。昔は、英国人のシェフは、ドイツ人のプレイボーイと並んで、ジョークの一つであったが、ゴードン・ラムゼイのような三つ星レストランや、ジエミー・オリバーのような人気料理人が英国人にも沢山出てきている。フランス、インド、中華、日本の料理店も異境地もどき風ではなく、本格的な店もたくさんある。
 食べ物が美味しくなったというのも、年とともにロンドンが気に入って来た理由かもしれない。三年前に初めてロンドンに十日ほど居続けた。それまでは大抵長くても三日ぐらいしか滞在した事はなかったのであった。泊まったセント・ジェームズ地区の「デューク」というホテルが、こじんまりして大袈裟なところがなく、実に居心地が良かったせいもある。財布が許す限りは、ここに泊まりたいと思わせるホテルであった。この地区も良い。例えば東京の人は、銀座、新宿、麻布などと聞けば、どんなところか頭の中で想像がつくだろう。パリの地区は一区から二十区まであって、性格がはっきりしている。十六区に住んでいると聞けば、ブルジョワだなと人は直感する。ヴェニスのような小さな町でも、カレナッジオとか、サンマルコとかリアリルトとか、地区地区に性格がある。大阪でも西も東も分からなくとも、キタとミナミの判別は三日おればすぐにつく。ロンドンでもメイフェアー、ソーホー、ブルームスベリー、チェルシーなどと知ってくると楽しくなる。あの二階建ての赤バスにも、乗りやすくなる。地区の名を言えば運転手が行くかどうかを即答してくれる。タクシーは言うまでもない。
この七月も「デュークスホテル」に泊まった。ホテルのような外観をしていない路地の奥まったところにある集合住宅みたいなホテル。通りに出ると、高級なワイン商「ベリー・ラッツ兄弟社」やら、高級な葉巻屋とか、狩猟具を売る英国らしい店が並んでいる。画商も多い。少し歩いてピカデリーの大通りに出ると、ロイヤルアカデミーがある。美術学校の一種だが、いろんな企画展をやっている。この美術館の中にミケランジェロ円形浅浮彫の傑作「聖母子像」が廊下の奥にポツンと壁面にかけられている。この聖母の愁いに満ちた横顔の美しいこと。大和中宮寺の如意輪観音像と同様、いつまで見ても見飽きない。入場料はない。朝コーヒーを飲みに外へ出て、この聖母に連日のように会いに行く。
 何の確たる目的もなく散歩したり、バスに乗ったり、食べ物屋に入ったりしていると、ロンドンが益々好きになってくる。「ロンドンに飽きた人は、人生に飽きた人です。人生の楽しみが、全てロンドンにあるからです」という一八世紀の文人、サミュエル・ジョンソンの言葉が本当らしく感じられてきだしたみたい。 夏目漱石の初期の作品に「倫敦塔」がある。ロンドン塔案内記だが、今読んでもその学識と苦いユーモアに感心する。ロンドン塔は宮殿よりも牢獄として長く使われたから、この文章でも陰惨な印象を受ける。近年改修に次ぐ改修で、観光向けにすっかり明るく整備されている。今回お願いしたデビアスのフォーエバーマーク社の配慮で閉城した後、夜間に我々十人だけのため、特別に開けてもらった。勿論我々を警護するのは赤い昔の制服の番兵「ビーフィーター」である。見張りといっているが、我々の監視もこっそり兼ねているのだろう。まずは待ち時間、普段は二時間というクラウン・ジュエリー室を見る。六百カラットのカリナンダイアやコイヌール・ダイアをゆっくり眺める。宝石好きには、至福の時間であった。英王室が所有するダイヤ、サファイア、ルビー、エメラルドが一堂に会している。
 その後、場内一隅のクィーンズ・ハウスという女王の部屋で一応私達夫妻が主人となって、晩餐会を催した。女王の部屋といっても、フランス式金ぴかではない、趣味の良い老人のお金持ちの住居みたい。英国料理が上手いとかまずいとは言ってられない。私達先祖が集めてくれた宝飾品は一見の価値はありましたかな、では、このあたりでお食事にいたしましょうという気持ちになる。今までの生涯で一番優雅な晩餐会であった。妻も一夜だけの女王陛下の気分を味わったに違いない。


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