MAN会報
活着 その五
(まだ生きてるよ)


理事 小森 恭彦

 今年の5月に大連交通大学で知り合った学友2人と「三峡下り」に行ってきた。日程は、1日目が関空―広州乗り継ぎ―重慶、2日目は重慶市内観光後、夕方観光船に乗船、3日目と4日目は巫峡、小三峡をクルーズし、白帝城等下船観光、5日目は三峡ダムを見学後、西陵峡を通過し宣昌にて下船。新幹線で武漢へ。6日目武漢市内観光、夕刻飛行機で大連へ。7〜10日目は大連で自由行動をし、11日目に帰国するという10泊11日の旅行だった。
 出発前に「フリーの旅行はハプニングがあるから面白い・・・」と話していたが、多発するとは夢にも思わなかった。まず、出発の飛行機が遅れ、広州の乗り継ぎは時間がなく、入国審査を終えて国内線のゲートへ着いたのは、出発間際、焦って飛び乗った飛行機はなんと3時間遅れで出発、重慶着陸前には雷雲に突っ込み、花火のような雷で機体は大揺れし、あわや墜落かと覚悟した。何とかホテルに着いたのが夜の11時すぎ、とりあえず皆でビールを飲み、これからの旅の成功を祈った。重慶の街は他の都市と比べ、趣が違う。これも長江と共に発展した所以だろう。夕食は本場の四川料理「火鍋」を食べた。微辛で頼んだが、恐ろしく辛く、とても食べられる物ではなかったにも拘わらず、地元の人は平気で激辛を食べていたのには、びっくりさせられた。夜7時乗船。甲板で夜景を見ながら一杯。気がつくと周りに誰もいなくなり、船員に聞くと、前日の大雨で水位が上昇して危険なので、明朝出航に変更との事で、下船後の新幹線に間に合うか心配になった。翌日目が覚めると、船はもう重慶を離れていた。船は1万トン以上で、乗客は130人乗船。友人から「川のタイタニック」で中国人は乗ってないと聞いていたが、外人は我々3人、台湾人の夫婦2組、ドイツ人の親子の9人だけど、他は全部中国人だった。食事の席は決められており、毎回この9人で食事をし、英語と中国語で会話をしたが、正直言って、とても疲れた。(続く)
*中国にしかない漢字、不にシンニュウと書く。「まだ生きている」の意味

タイトルの不は原稿では不にシンニュウですが中国語のためHPでは表示できないため不にしています。


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