MAN会報
二つの視線

事務局長 高峯 秀樹

 グローバル、環境、老齢化といった「キーワード」が、国や企業、個人にとって大きな課題となっている。
科学の宇宙レベルの急速な進歩で、地球上のさまざまな情報は、同時進行に近くなってきた。
 グローバルとは判りやすく言えば、宗教や思想の異なる民族がお互いの立場を理解して共存して生きていくことであろう。
 国民が一番影響を受けるのは日常の暮しの問題であり、現時点では時々刻々の為替の変動や期毎に想定をはるかに超える企業の時価会計の動向である。又、地球の温暖化や国を越えて飛来してくるPM2.5の影響も深刻である。
 さらに日本では老齢化が進み、今後は長寿社会の視点から人々の幸せを考える必要がある。
人間が生きていくのには、頭の足し、身体の足し、心の足しの三つが必要である。特に元気で長生きするのには心の満足が望まれる。
 自分自身を振り返ってみると、長寿社会に役立つ生き方として、中国の老荘思想との出会いを思い出す。
その例えに山登りの話がある。
 若い時は頂上を目指して脇目もふらずただひたすらに知識の向上を図り仕事に邁進する。然しある程度自分の才能、能力はこの辺だなと思ったら無理をせずに下山を始めることである。山を登る時には上だけ見ていて見えなかった世界が眼に飛び込んでくる。こんな素晴らしい光景があったのかと驚きゆっくり鑑賞する機会を与えられる。
 老齢化社会のすばらしさはこの特権を活用させて貰うことである。
 それには自分にとって、同時に見る二つの視線が必要である。一つは人や物など外部に対する眼。もう一つは、逆に自分の見た人や物からの視線で自分を内省する眼である。自分の良しと思っていることが実際に行動出来ているかどうかのチェックである。自分では出来ていると思っても出来ていないケースが多い。思いやりも具体的な行動が出来て相手に喜んでもらってこそ意味がある。 ある時親しい友人の病気のお見舞いに行ったことがある。大きな病院の個室であり、友人も喜んでくれたので好きな缶ビールを買いに走り自分だけ飲み歓談した。
 ところが看護婦長に呼び出され、注意をされた。病人はビールを飲みたくても飲めないんですよ。我慢しているんですよ。相手から私を見る視線への配慮が足りなかったのである。この時に相手から自分を見るもう一つの視線の大切なことを教えられたのである。
 私の体験によると、喜寿になると遅まきながら口先だけでなく面倒で嫌なことも、ある程度素直に自然体で対応出来るようになる。
 有力な医療ボランティアの高名な先生をお手伝いしている時、あるパーティーで「人を助けようと思ってやっていると、結果的に自分が救われる」話をしたら「良いことを言うね」とわざわざ握手をしに来て下さった。
 幸い傘寿を迎える事が出来、今でも色々な団体のお手伝いや原稿の執筆で大忙しである。しかし以前とは変わって、どんなに忙しく、又やりたくない仕事ても、すべてを楽しみとして喜びながら暮らす人生に変わる事が出来るようになってきた。
 苦手な寒い季節もなんとか越すことが出来、朝の四時に起き、五時半から散歩をするライフスタイルが復活出来た。頭と身体が動くうちは周りの人達の為に少しでもお役に立ちたいと思っている。
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