MAN会報
大正世代の先輩達への想い

平田 猛

「事業は人なり」という言葉があります。「東郷平八郎元帥海軍大将が連合艦隊の司令官であったればこそ日露海戦でバルチック艦隊を撃滅できたのだ」とか、「西郷隆盛と勝海舟がいたればこと江戸の無血開城が可能となった」、などの歴史上の画期的なできごとが、それを遂行した人々に由来するのは、歴史を紐解けば誠にもって正しいことと思える。
先日ある講演を聞きながら、「人」に依存するのは、社会、会社、団体活動等の社会集団の事業のみならず、その入れ物である「時代」そのものが「人が織りなす世代」に依存するということを強く思う機会があった。
8月15日の終戦の日、大阪護国神社にて英霊感謝際に参加。午後に同所にて門田隆将氏の講演を拝聴。演題は「若き兵士の最後の証言」で、終戦の詔勅が発せられた時の若き兵士達はその多くが大正時代の生まれの19〜34才であった。本題の個々の証言も誠に傾聴に値するのだが、小生には同氏が冒頭で話した大正世代についての説明に誠に目を開く思いであった。『大正時代の男性は、一千四百万弱の人口に対し何と二百万人が先の大戦、大東亜戦争にて散華された。文字通り身を呈し、ひたすら国、故郷、家族等を守るための戦いに従容と赴き、7人に一人(約15%)が散って行った。』
戦後の祖国復興に当たっても大正世代は、黙々と国、社会、企業、家族のために働き奇跡的経済復興を遂げ、次に来る世代の人々が豊かさを享受できる国造りをしてくれた訳である。他の人達の為にひたすら尽くした世代であると言える。
90年代に入りバブルがはじけ、失われた10年、20年が過ぎ、更には30年目に入ったとも言うが、評論家や学者先生達は、「政治が悪い」、「政策が悪い」等々とかまびすしく解説している。同氏曰く、『そうではない、90年代に入り大正世代が徐々に社会の第一線から退いていったことが日本の活力喪失の本当の理由である』と強調、なぜかその説明は非常に説得力があった。
小生は昭和25年(1950)生れで高校、大学時代には、社会が実際に豊かになって行くのを体感して来た世代であった。同時に自分達の目標や希望の追求、権利の主張をする余裕も生れたのは幸せなことであるが、徐々に一線を越え”公への献身と貢献は人任せ “の時代を呼んでしまったのではないか、とも反省する。大正の先達に学ぶことが、活力回復の一つのヒントにもなるとも考えた次第です。


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