MAN会報
宮武先生のこと

栄光時計株式会社会長 小谷 年司

 宮武先生、といっても私の方が十年も先に生まれているのですが、時計の卸業を営んでいたせいで、共通の友人の紹介で時計の修理を頼みに来社されたのが最初の出会いだった気がします。随分昔のことで、まだ阪大のインターン生だった頃ではないでしょうか。
 しばらくして、先生は単身でロンドンの病院に臨床研究員として留学されることになって、かつてパリで留学していた私の助言みたいなものを求めて会いに来られました。留学そのものが、まだ航空運賃が高くて、今のように簡単に往復できる環境ではなく多少の覚悟の必要な時代でした。夏目漱石の英国留学は、はるか昔、明治の中期でしたが、二年間のロンドン滞在を、人生の中で一番不愉快な年月だったと、あとでボヤいています。英国紳士はみんな狼みたいで自分はその中の一匹のむく犬みたいな哀れな生活を送ったと言っています。宮武先生のロンドン生活はそれ程でもないでしょうが、その頃は、サッチャー首相のでる前で、「イギリス病」と悪口された長い停滞の時代でしょう。時々、現地からお葉書を頂きましたが、前途洋々の希望に溢れた留学生の便りとは行かないまでも、漱石の奥さんに宛てた書簡程、不満たらたらではなくて安心した憶えがあります。でも、修行中の青年が、言葉も充分に通じない、別に業績を上げた訳でなく、チヤホヤもされない、知ってる人も少ない、そんな白人社会に放りこまれると、やっぱり、自分の人生は今後どうなるのかなあと、悩んだに違いありません。留学の効果とは、孤独な暮らしを強いられて、遠くの日本を憧れながら、自分を見つめ直すようになることです。
 お医者さん、特に開業医にはヘンな人が多い。ヘンというのは我々サラリーマンか商売人からの見地からです。それはドクター全員に当てはまることですが、忙しくて時間のないところにも原因がありそうです。つまりお医者さんは、集団として一つの業界をなしていて、時間がないから、業界から出て、いろんな種類の人間とは付き合いをする余裕がない。ゴルフは気晴らしで、お医者さんにゴルフ愛好家が多いのは、主としてストレス解消が目的かと思われます。業界の世界から出る人が少ないし、偶に出ると、すぐ病気の相談をされたりして、普通人との付き合いが嫌になるでしょう
 なかには、破天荒なお医者さんもおられます。宮武先生のお父上も開業医で、沢山の患者に頼りにされておられるようでしたが、夜な夜な新地のクラブに出陣される、豪の者でした。一度、その大先生のお気に入りの美女の経営されるバーで御一緒したことがあります。実に洒脱なお人柄で、これがあの謹厳・実直、真面目で几帳面、大人しい宮武明彦先生のお父上とは信じられませんでした。しかし、女性にモテるという点では、血を引き継いでおられるのかも知れません。
 宮武先生はゴルフはされませんが、若い頃、テニスは上手でした。一度対決しましたが、手もなくやられました。一時、ウインド・サーフインに凝っておられた事があって、ウインド・サーフインがいかにハードなスポーツであって、おかに上がってくると、疲れ果て体中が空っぽになる。それが快感であって、女の子相手のチャラチャラした遊びではない、自分との闘いですよと、熱弁をふるわれた事があります。英国から戻られた頃です。一人で休日にウインド・サーフインをするお医者さんは、やっぱり変わり者かなと心配しましたが、心斎橋で開業されるようになって、私も患者の仲間入りをすると、患者に親切で、笑顔を絶やさず、頼り甲斐のある先生なのに感服しました。友人としてのお付き合いでも、普通の気配りを失わない常識人です。いつも待合室に患者さんが溢れているのは当然です。
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