MAN会報
宝塚 幻のラインダンス

幹事 塩原 詠子

 65年ぶりにステージでイベントがあり、何社か新聞・TVから取材が有った。夢を断たれた塚生徒と言われた時、私たちはシーラカンスかと一瞬思いました。80歳を過ぎた仲間と楽しい付き合いです。自分が年を取ってる事も気付かず忙しい毎日でした。
 久しぶりで宝塚の観劇に出かけ、大音響と共に幕が上がり派手なスクリーンを見た途端、何故かステージが横に揺れだし、TVの壊れた時の様に見えなくなり、眼の中に流れるように油汗が滴り、動けず、声も出なくなり、俯いたまま2時間近くじっとしていたのが良かったのか、忘れもしません平成21年1月15日でした。宝塚の客席で亡くなるのも何かの因縁かと諦めた気持ちでしたが、何とか治まったので家に戻りました。
 一日寝て翌日私の命の綱である宮武内科へ。先生は私の顔を見て直ぐに救急車を呼び、北野病院へ行けるよう手配された。私の娘も車で追い掛けてくれました。ICUに直行、MRIの写真を見た先生がよく生きていたと驚かれた。脳の血管に五か所も血栓があり、少しひびが有ると検査結果を告げられた時は脳天気の私も震えました。ICUの部屋は一日中カーテンも開けっ放し、看護師さんが常時待機していました。15日間が過ぎると個室に移され、点滴ばかりの長い一日でした。何度か発作が起きましたが、友人たちが遠くから来てお見舞い頂き元気が出ました。大した後遺症もなく退院することが出来ました。宮武先生から塩原さんは病気に強いと感心されますが、前向きな私は昔鍛えられたからでしょうか、風邪も8年あまり引いたことが有りませんでした。今は体の全ての機能が低下し、最近同級生がぽろぽろ欠けてゆくのは淋しい限りです。
 私たちのグループは月一回集まり食事会を昔から続けています。今回の事もジャーナリストの辻さんの企画で私たちの所まで足を運んで下さいました。また、宝塚の校長にもお逢い出来、あと2年で宝塚100周年を迎えるので是非来て下さいと励まされました。その内に生きた化石と言われるかも? 今回の事が本になり、宮武先生にお願いして病院に置いて下さる事になりましたのでどうぞよろしくお願いします。

(宝塚 幻のラインダンス 辻 則彦著 平成23年11月、神戸新聞総合出版センター刊)


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