MAN会報
出陣学徒の生と死(四)

理事 津田 禎三

(9)バシー海峡の激戦。
 「敵機!総員戦闘配置につけ!」ブザーが艦内に響き渡り、高角砲と機銃群が一斉に火を吹き、激しい戦闘が始まりました。敵機の放った爆弾は、先頭を行く「梅」の後尾に続けざまに昨裂し、初弾は後甲板を粉砕しました。三機のノース・アメリカンは入れ替り立ち替り、わが方の弾幕を縫い、「梅」に集中攻撃をかけて来ました。「機関部がやられた!」「舵が効かん。」「スクリューも停った!」「梅」の速度は急速に落ち、惰力で必死に旋回を始めました。後は狙い撃ちです。何回目かの波状攻撃の後、遂に敵の爆弾が艦橋附近に昨裂しました。私は足許から突き上げる激しいショックを下半身に受けて昏倒しました。気が付くと周りは血の海で、操舵員の姿も見張員の姿もない。将校が一人倒れていました。艦長は仁王立ちになって伝声管に向かい怒鳴っていますが、その首筋のあたりには血しぶきが見えました。私は、両脚をやられたらしい。戦闘服が引きちぎったように裂け、両の大腿部から鮮血が吹き出ていました。私は、日本手拭いを引き裂き、両大腿部をしばり応急の止血処置をし海図台に縋って立ち上ろうとしました。そのとき、爆鳴とともに艦が大きく傾き、私は再度艦橋に放り投げられました。右脚が折れたようです。今度こそは立ち上がることもできませんでした。敵機の攻撃は獲物を求めて飽くことがなく、僚艦が次の餌食になっていました。高角砲の吼え聲も何か虚しいものでした。間もなく衛生兵が大聲で叫びながら駆け上がって来て、私を肩に抱きかかえ甲板まで下してくれました。私はゆっくりと傾いてゆく「梅」の上甲板で、執拗に舞い下りては機銃掃射を繰り返す敵の機影を半ば放心したように眺めていました。痛みは全く感じない。下半身の感覚がない。艦が大きく傾き沈み出しました。艦長の命令で、積まれていた円材がどっと海中に投げ込まれ、二、三十人の水兵がこれをめがけて一斉に海に飛び込みました。非情な敵機は、円材に泳ぎ寄り取りすがる水兵のむらがりめがけ、ど真中に爆弾を投下、大きな水煙りが上り、水兵達の姿が視界から消えました。私は、重傷を負っているためか、先任将校の命令で、残った唯一隻の重要機密書類を積み込んだ「カッター」(十二本の擢で漕ぐ海軍の短艇)に乗り込むことになりました。ロープで身体を巻いて吊り降され、どうにかカッター後尾(指揮台)に坐りはしたものの、浪は高く敵機が舞い下りては機銃掃射を浴びせてくる。漕ぎ手の呼吸が合わないため十二本の擢の動きが揃わず、カッターは艦の舷側から離れることができない。咄嗟に私は、手放さずに持っていた指揮棒で、前に坐る二人の水兵の頭を交互に勢いよく叩き、大聲で喚きました。「擢立て!」十二本の擢が天空に向かつて一斉に真直ぐ押し立てられた。「擢下ろせ!漕げ!」私の号令に合わせ、十二人の漕ぎ手の心が一つになりました。こうして私は、沈み行く艦から一刻も早く離れるべく最後の力を振り絞りました。
(次号に続く)
次ページへ→

←目次に戻る