MAN会報
アスピリン喘息について

理事 宮武 明彦

はじめに
 アスピリン喘息とは、アスピリンを含めた鎮痛解熱剤に対して、喘息症状の悪化を来す喘息のことです。この病態が米国の医学論文に記載されてから約100年が経過していますが、日本で注目され始めたのは1970年代に入ってからです。それは、日本において作用の強い非ステロイド系鎮痛解熱抗炎症剤(NSAIDs=non-steroidal anti-inflammatory drugs)が導入された時期と一致しています。

鎮痛解熱剤の歴史
 アスピリン喘息の原因である鎮痛解熱剤の歴史は、ギリシヤの医師がヤナギの木(Willow tree)の樹皮の粉末が痛みを和らげ、解熱させる作用のあることを報告した紀元前400年頃に遡ります。1829年にこのヤナギ樹皮の粉末からサルチル酸が分離精製され、鎮痛解熱剤として使用されましたが、副作用として胃腸症状が強いため、1897年、ドイツのバイエル(BAYER)社はサルチル酸をアセチル化したアセチルサルチル酸を合成し、これを「アスピリン」として商標登録し、日本においては、(株)ライオンがアスピリンに制酸緩衝剤(アルミニウム・マグネシウム)を添加した「バッファリン」を発売しました。その後、世界中の製薬会社がより副作用が少なく、抗炎症作用の強い非ステロイド系抗炎症剤(NSAIDs)の開発を行い、1950年初頭にフェニールブタゾンが、1960年に入ってインドメサシンが開発されました。現在では、少なくとも20種類のNSAIDsが世界中で使用され、米国においては、毎日、1700万人の患者さんがNSAIDsを使い続けているといわれています。

アスピリン喘息の疫学・臨床像
 アスピリン喘息はNSAIDs過敏喘息とも呼ばれています。それは、アスピリンもNSAIDsのグループであり、抗炎症効果の強さと、誘発される喘息発作の重症度が相関しているからです。この過敏症は子供にはほとんど認められず、思春期以降、好発年齢としては20歳から50歳代に発症する後天的過敏体質であり、女性患者は男性に比べて1.5から2倍ほど多いとされています。
 アスピリン喘息患者のNSAIDsによる過敏症状は、喘息発症前には認められません。従って、喘息症状を惹起する以前は、NSAIDsを問題なく使用していた人達なのです。それゆえ、過敏症獲得後NSAIDsを服用した後に喘息症状が急に悪化しても、発作の原因がNSAIDsであると気が付く患者さんは少なく、この傾向は、生理痛に対してNSAIDsを頻用する女性患者に多く認められます。
 軽症喘息を含めたNSAIDs過敏喘息の頻度は、喘息患者の5%程度ですが、発作入院を繰り返す重症喘息におけるNSAIDs過敏喘息の割合は20〜30%程度と考えられています。また、一度獲得したNSAIDs過敏症は一生持続し、治癒することはないため、NSAIDs製剤は一生涯、避ける必要があります。 このNSAIDs過敏喘息の家族内発症は少なく、遺伝子多型からの検討において候補遺伝子が挙げられていますが、結論は得られておらず発症機序は現在においても不明であります。

診断
1.NSAIDs使用歴から
 喘息発症以降に、比較的抗炎症効果の強いNSAIDsの内服あるいは湿布薬を多用していても、喘息症状の悪化を経験したことのない症例は、ほぼNSAIDs過敏喘息を否定できると考えられます。但し、PL顆粒やアセトアミノフェン含有の一般感冒薬のほとんどは、アセトアミノフェン含有量が500mg/1回分以下のため、これらの薬剤が使用できるから、NSAIDs過敏喘息は否定できるとは限りません。なぜなら、アセトアミノフェン1000mg以上を1回分として服用すると、喘息発作が誘発されることが報告されているからです。
2.臨床症状からの判定
 喘息患者さんに問診をする時には、いつもNSAIDs過敏喘息の可能性を考え、注意深く質問をすることが大切です。特に、高齢者においては膝関節痛や腰痛に対して複数枚の湿布薬を貼付する場合がありますが、この湿布剤による誘発は全身投与(内服、静注、筋注)とは異なり、20〜30分以内に喘息発作が誘発されることはなく、貼付後2〜3時間位してから発作を認めます。従って、眠前に貼付した結果、夜中の2〜4時頃に呼吸困難で目を覚ますことがしばしば経験されます。この時間帯の発作は、一般の喘息発作の時間帯である就寝前、夜中、早朝と時間帯が重なっているため、湿布薬に含まれているNSAIDsが原因となって喘息症状が誘発されたと本人が気付くことは稀であります。
 問診で重要なポイントとしては、1)NSAIDs誘発歴(80〜90%) 2)ミント、香辛料、歯磨き粉等で症状悪化(90%以上) 3)強い嗅覚低下、鼻茸の手術の既往歴(60%) 4)好酸球性鼻茸副鼻腔炎(50%) 5)成人発症喘息、非アトピ−型喘息で中等症以上(20%) などであります。
3.NSAIDs誘発症状からの確定診断
 NSAIDs過敏喘息を診断には、1)NSAIDs服用後、数分から30分以内、長くても60分以内に発作を認めること 2)鼻汁(涙を伴う場合が多い)等の鼻症状 3)中発作以上(起坐呼吸を伴う)などの確認を行います。一方、これら3点を満たさない場合には、NSAIDs過敏喘息の可能性は低いと考えられます。
4.内服負荷試験
 確定診断のために世界的に行われている方法ですが、負荷試験を実施して発作が誘発された時には、場合によっては入院治療が必要となります。また、殆どの症例において問診、病歴からほぼ診断が可能なため、当院では危険を回避するため、全てのNSAIDs過敏喘息の疑いのある患者さんに負荷試験を実施していません。症例により、どうしても確認が必要な場合には、入院による内服負荷試験を依頼しています。
 一方、NSAIDs過敏喘息の可能性が低く、NSAIDs処方が必要な場合には、外来で薬剤負荷前後に肺聴診、動脈酸素飽和度、呼吸機能(フロー・ボリュウム・カーブ)測定を実施し、上記検査値に低下が無いことを確認してから、NSAIDsの処方を行っています。

自験例を振り返って
 私が最初に経験したアスピリン喘息は1970年代、大阪大学第三内科へ喘息発作のために入院した70歳前半の女性でした。発作治療のために点滴にて大量の副腎皮質ホルモン(ソル・コーテフ)投与が開始されましたが、普通の発作ならば改善が認められる量が投与されていたにもかかわらず、発作はますます悪化し、その状態が2-3日も継続していました。病棟症例検討会において副腎皮質ホルモン抵抗性喘息なのかも知れないとの判断にて、副腎皮質ホルモンの種類の変更が決定され、βメサゾン製剤(リンデロン)に変更したところ。徐々に喘息発作が改善に向かいました。当時、世界的にもそのような症例報告はなく、私達は貴重な経験をさせていただきましたが、使用する副腎皮質ホルモンの剤型により喘息発作が返って悪化するこの病態の機序は、長らく明らかにされませんでした。しかし、1980年終わり頃に、現)独立行政法人国立病院機構相模原病院臨床研究センターの谷口正実先生によって、コハク酸エステル化された副腎皮質ホルモン製剤は全て、喘息発作を誘発することが証明されました。合成副腎皮質ホルモンは、コレステロール核を有する物質なので、水には溶け難い性質があるため、静注用製剤とするためにコハク酸エステル化するか、リン酸エステル化する必要があります。そしてこの内、コハク酸エステル化された副腎皮質ホルモン製剤が、アスピリン喘息の患者さんにとっては発作を誘発する物質となるのです。

まとめ
 何故、NSAIDs過敏症を獲得する喘息患者とそうでない患者が存在するのか、また、その引き金は何か、どうして小児喘息患者には認められないのかという疑問については確固たる原因が認められず、NSAIDs過敏喘息患者さんが痛みや高熱を発しても、すべてのNSAIDsの使用を回避するように指導するしかない状態が続いていましたが、近年、わが国においても、選択的COX2阻害薬であるセレコックス(Coxib製剤)が使用可能となり、安全性が確認されました。その結果、NSAIDs 過敏喘息はプロスタグランディン合成酵素(Cyclooxy genase: COX)を阻害するCOX1阻害薬よる過敏喘息であることが明らかになりました。今後、この病態(COX1阻害薬過敏喘息)の機序が確定されることを期待しています。

【参考文献】 谷口正実 他 アスピリン喘息:最新の臨床とトピックス、日本胸部臨床2007;66:S225-S233                


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