MAN会報
北半球半周航海記U

理事 吉富 康二

 2010年8月20日、初めて訪問する国オマーンのサラーサ入港、ちょうどラマダンの時期で昼間の町は閑散としている。
 ビールはもちろん水も人前では厳禁、ホテルのオマーン料理は海鮮ものが多く、大変美味しかった。 日本の上等なあわびはこのサラーサ近郊のものが出回っているそうだ。
 木の樹液から採れる乳香がここの特産、紀元前5世紀のシバの女王時代からまた船乗りシンドバットを生んだ海洋国家も、この乳香貿易で栄えたようだ。
牛乳石鹸と同じにおいなので小生はお土産にはしないで、イスラムの帽子を代わりに購入。物価も安く治安もよい。
 これから観光立国を目指し、お金が全てのドバイの二の舞は絶対にしないと誇り高く語る現地ガイドの説明にオマーンに好感を持った人がピースボート(以下PB)には沢山いた。
 サーラサからイエメン沖のアデン湾を進み紅海入り口までの約1000kmはソマリアの海賊が頻繁に出没する危険水域、PBと各国のタンカー・貨物船12隻がサラーサ沖に集合し船団を組む、これを海上自衛隊の駆逐艦2隻が昼夜護衛してくれた。
 夜は完全に灯火管制、オープンデッキは閉鎖、喫水に近い階の丸窓は鉄の扉で完全密閉、それでも海賊に侵入された時は緊急の汽笛が鳴り、各自部屋にこもって施錠することになっている。
 海賊は金品と若い女性を狙うので、客船は特に警戒を厳重にする必要がある。
 PBはその名の通り世界の平和を標榜する理念を持つ船なので、船内では憲法第9条を守る護憲セミナーも多いが、軍艦旗を掲げた「ゆうぎり」と「むらさめ」が挨拶をしに雄姿を見せた時はデッキの人は感動し、手を千切れるほど振って応えていた。
「納めた税金が自分に返る事もあるんだ!安全保障の大切さを実感出来た!」 あるご婦人の言葉にみんな頷いていた。
 日本では体験し難い貴重な経験となった。
 これからいよいよ紅海へそしてスエズ運河に向かいます。



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