MAN会報
宮武先生と私の不思議なご縁

会員 餅谷 タミエ

暦の上では立春ですが、今年の二月はなんと寒い日々で、冬が戻ってきたようなお天気です。患者の皆様、お身体はいかがですか。
この度は、宮武先生と私とのご縁について書かせていただきます。
私は昭和13年生まれで、今年の当り年の寅年です。
旧布施市、現在の東大阪市で生まれました。
私は幼少の頃よりよく風邪は引いておりました。
その私が何故身体に人一倍神経質になったのかには理由があります。それは遺伝なのです。実は私が幼稚園へ行っている時のことです。母は毎月、石切さんにお参りに行っておりましたが、帰るなり倒れたのです。
私の家族は父母兄姉私と5人でした。私は末っ子でわがまま気ままな子供でした。小学校一年生の時に終戦になりましたが、戦時中は怖い時代でした。その時の母は元気でした。信仰心の厚い母でした。石切さんへは毎月お百度参りをして、私も小さいながらも母と一緒にお百度を廻っておりました。
その母が倒れるなんて。当時は中風と言い、現在は脳梗塞です。
救急車の無い時代で、近所の方達が大八車で、母を病院へ連れて行って下さいました。然し左半身と口もしびれ話すことも出来ませんでした。そのうち父が帰って来ましたが、私は母が死んでしまうのではないかと泣き続けました。
その時のトラウマが私の心の中に凍り付いております。いつも心配しながら仕事をしていました。
遂に私が49才の時に母と同じ病いに襲われて、左手の小指がしびれ、顔も左半分がしびれました。直ぐにこれが遺伝と思い病院へ行きました。それまでは身体がだるく目まいもしていました。
その頃は、以前、吹田市民病院に勤務されていた五十嵐先生の五十嵐内科が私の経営するお店の隣にあり、そこで点滴を打って貰っておりました。五十嵐先生は、宮武明彦先生のように本当に良い先生でした。先生が大阪大学OBのコーラスの合宿中に急死された時は母が倒れた時のような気持ちでした。後刻、この事を宮武先生に涙ながらにお話しました。宮武先生から、五十嵐先生には大阪大学の研修医時代に指導を受けておられ、若い先生方から大変人望があったことを伺いました。そしてこれからは五十嵐先生に替わって面倒をみますから安心して下さいと言っていただきました。それからもう15、6年の歳月が過ぎました。このきっかけで宮武先生とのご縁が出来ました。 
病院で検査をしていただくと一過性の虚血症とのことでした。直ぐに点滴を打ち、一ヶ月間の入院となりました。入院中にお風呂に入ると、微熱が出て、更に咳も出ました。
私は担当の医師に自分から膠原病ではないかと話しました。担当医も、微熱がおかしいので、一度大学病院へということで、近畿大学狭山病院へ検査入院しました。アイソトープで検査の結果は異常なしでしたが、一年に一度は脳の検査及び微熱の検査をして下さいと言われました。
然し運が悪く、帰る時に風邪を引いてしまいました。担当医は、イソジンでうがいをして下さいと言い、その日から八月の休暇を取られました。担当医とはなぜか波長が合わないように思っていましたので、嫌な予感がしました。
その夜から淋巴腺が腫れて大変なことになりました。その頃はすでに今のように血管が細く注射を打たれる方がお困りでした。私は大学病院は初めての入院でしたので看護婦さんが注射をしてくれるものと思っていました。次々に困り果てて、お一人だけ相性の良い先生がおられて自分は細い血管に注射をするのが得意と言われ、一週間打ち続けて下さいました。この先生はその年の三月に国家試験を通られ五ヶ月たった八月で24才でした。現在は38才となりお父様の医院を継いでおられます。この先生に親切にしていただいたことも忘れることが出来ません。


実は先にお書きした波長の合わない先生とは遂に口喧嘩になりました。然し不思議な事に、宮武明彦先生の事はこの先生から教えていただいたのです。この先生のご家族は宮武先生のお父様にお世話になっておられましたが、その時は明彦先生と言っておられました。波長は合いませんでしたが、実に良い先生をお教えいただきました。ご縁というものは不思議なものですね。
私は大阪の北区から浪速区へ移り20年程になりました。お友達は病いは気からとよく言いましたが、半分はそうかもしれません。簡単に信じることは出来ませんでしたが判るようになってきました。
私はこの三月に73才になります。今は外食を減らしてできるだけ栄養を自分で考えて頑張っています。今迄の私は、呼吸器も悪いのですが、半分は遺伝の事で強いうつ病を繰り返していました。今は宮武内科へ週に二、三回行けるのがなによりの心の薬です。宮武明彦先生におかれましては、お身体を大切にと患者の皆様が思っておられます。又、NPOの運営については、上嶋理事長様、高峯事務局長様、役員の皆様方が、設立時からお忙しそうに動かれていた事が、昨日のように思われます。
今後ともよろしくお願いいたします。


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