MAN会報
新型インフルエンザと
ニーメラー牧師の言葉


監事 鳥居 義昭

 神戸で新型インフルエンザ患者が確認された5月16日(土)以降の動きは異常であった。オイルショック時のトイレットペーパー騒動をはるかに超えるスピードで、マスクは一斉に店頭から消え、インターネット上では、定価の10倍の価格で取引された。18日月曜日から学校は一斉休校、保育所などの施設は閉鎖、イベントの多くも中止になった。交通機関、金融機関、デパートなどの社員も一斉にマスク姿となった。電車の乗客は、18日朝は三分の一程度はマスクなしの人がいたが、夕方から夜にかけてターミナルや電車の中は、ほぼマスク姿で埋め尽くされていた。
 私自身は、感染予防のためだから、しないことによって感染したならば、自己責任をとれば済むという程度の軽い気持ちでいた。しかし街の視線は全く違っていた。蛇蝎を見るような非難のまなざしをヒシヒシと感じるようになった。いまだに携帯電話を持たなくても平気で過ごしているが、今回は駄目だった。19日(火)には、ポケットにしのばせて家を出たが、阪急豊中駅ではギブアップ、たまに見かけるマスクをしていない人にプレッシャーを与える側に廻ってしまった。
 ウィルスという見えないものに対する恐怖が、マスメディアの影響により、一気に伝播し、「世論」という得体のしれないものによって他の価値観を拒絶してしまうプロセスを目の当たりにして、1937年7月にヒットラーに逮捕され、ザクセンハウゼン強制収容所に終戦まで収容されたニーメラー牧師の次の言葉を思い出した。

 「ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した。しかし、それは遅すぎた」

 この警句は70年以上も前のファシズムの時代のことで、民主主義の現状ではあり得ないことだとは決して言えない。巨大メディアが巧みに情報を操ってくるので研ぎ澄まされた感性が大切だとも自戒させられたインフルエンザ騒動でもあった。



●もどる●