MAN会報
元軍医との出会い

理事 吉富 康二

 93歳義父の北野中学時代の友人が一人で土浦からやって来た、駅まで義父に代わって出迎えお連れした。義父の家に入るなり、電話を借りたいと申し出られ、「松田君の家に無事着いた。終わり!」。
 自分の息子さんの嫁に必ず報告するよう求められていたようだ。義父は耳も遠くなり、相手はもっぱら小生が担当、頂いた名刺を見ると、関東医師剣道連盟会長、剣道範士8段とある。「昔は軍医さんでしたか?」と小生が尋ねる。「僕はGFにいた!」ピンと来るものを感じた小生は直ぐに、「それでは山本司令長官と面識があったのですか?」「君はGFを知っているのか?」・・・・・義父は居眠り、後は小生と元帝国海軍連合艦隊司令部付大祢一郎海軍大尉との会話となる。叔父に元海軍主計将校を持ち、中学時代海兵出の先生に学んだ事も大きく影響したためか、小生は小学生から66歳の現在に至るまで人生のあらゆる局面に旧帝国海軍精神「スマートで目先が利いて几帳面、負けじ魂これぞ海軍」を大切にして生きてきた。何時の間にか父親像・人間像・軍人としての連合艦隊司令長官山本五十六をこよなく愛するようになってしまった。大祢さんが阪大を出て軍医として山本長官の直ぐ側で勤務していた時の話を聞けたときは魂が震えた。家族を愛し、女性を愛し、部下を思い、日本を思い、且つ憂いた山本長官はブーゲンビル島上空で武人らしい最期を遂げた。2002年2月ピースボートで世界一周の航海の途上、船がソロモン群島のはるか沖を通過した時は洋上から、トラック島では慰霊碑にお参りすることが出来た。大祢さんは義父と別れる時、小生に向かって「君は話が分かる!」と言って帰って行かれた。
 小生が電話をする時は、もっと要点を抑え簡潔に、と心掛けてはいるが、最後に「終わり!」と言った大祢さんを想い出し、何時も心の中で「終わり」と呟いている。

補足説明:聯合艦隊(れんごうかんたい、新字体:連合艦隊)とは、旧日本海軍が二個以上の常設の艦隊で編成した、非常設の艦隊である。日本海軍が使用した略称はGF(Grand Fleet または General Fleet から)、ただし英語では Combined Fleet という。

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