MAN会報
がき大将っ娘 おらが、のぞみだ!

会員 宇都宮 雅征

 男勝りの強さと勇気、女性としての美しさ、そうして何事にもめげる事のない明るさを持ったのぞみは愛媛の片田舎、内子町の隣五十崎町で、父武久母敏江の間に生まれたのです。こののぞみは何処でも、そうして誰の前でも、この愛媛の方言で、それも男言葉で話します。このようなのぞみですが、のぞみは恋人栗田信次と約束した外交官に向かって家庭の経済的困難や父親の不良の事故と病気、そのような中、夢を失わずに努力して行きますが、追い打ちをかけるようにさらに両親の自殺という不幸な出来事に次々と見舞われます。その後、のぞみは高校を卒業して間もなく、東京の叔父、吉沢節太郎の家へ養女に入りますが、ある時、訪問してきた国会議員国民党の幹事長の村瀬五郎にもいつもの方言で相手をして驚かせてしまいます。が、村瀬はこの後、義父節太郎などからのぞみの事を聞き虜になって行きます。そうして念願の国立東都大學法学部へ、それからソフトボール部へ、この大學のソフトボール部が万年最下位のクラブを持ち前の明るさと努力で上位に持ってきます。そうしてのぞみは卒業まで後一年足らずになってきました。この頃から大多数の教授が卒業式の総代にのぞみを推薦しているのですが、この事をのぞみに話すと自分はそのような器で無いと反対するのです。そうやって月日も過ぎ二月になって恋人栗田信次との約束外務省への入省が決まったのです。この外務省入省でもって教授の小池はのぞみの総代を誰も反対する者も居ないとして説得します。そうして念願の卒業式の日が来ました。今日ののぞみは本当にかわいい背と袖に小高い山から数羽のひばりが飛び立つ絵柄の振袖で入場していました。やがて式も終わりに、のぞみは卒業生二万人に変わって総長から卒業証書を受け取り、その後半年間の研修を終え信次の赴任している後進国へ旅立って行きました。
 これは今年、小学館のルル文庫(ここは少女向けの漫画を出している)に投稿している作品だが。今の私は、大阪を去ってもう四年目になるが、私の一日は随筆で終わる。こんな世だから色々在るが楽しい。それに年も今では六十五歳だ。でも私自身、一つも六十五歳だとは思わない。毎日が必死だからだ。人間って、自分が出せる全力の力でやることの方が大切だと思うから年など気にならないのだ。こんな気持にさせてくれたのはやはり宮武先生親子かな?昔、宮武先生のお父さんに偶然に知り合って、それまで持病の喘息が酷く、夜もまともに寝た事が無かった。それが今では嘘のようだ。私は、そんな嘘のような体になったのだから、子供の頃から夢に描いて居た小説家になってやろうと、九年前から挑戦している。最初の「坂道の向こう」は自費出版したのだが、出版元が倒産してしまった。これからは正攻法で絶対物にしたい。

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