MAN会報
片麻痺の闘病記

故 元理事 村松 全人

 何かおかしい…。2001年の始め頃、散歩中に足がつまずくようになり又、車の運転中に急に右目が見えなくなったりするため、眼科医を何軒か回って相談もしてきましたが、どの先生も皆、「加齢のせいでしょう」としか言ってくれず私自身も歳やし、まあしゃあないかと諦めたりしてましたが、病院通いを10年もしているといろんな先生方とも親しくなり口腔外科の隣りが脳外科であったりした関係で、部長先生とも仲良しになり、こんなんですがと相談したのが縁で、カテーテルを動脈に入れて検査しました。結果、両側頚動脈狭窄症がはっきりし、此の侭、放置すれば間違いなく脳梗塞となり、寝たきりの状態になるとの事で、手術は早々に決りました。手術そのものは技術的に難しいものでなく、頚動脈のどぶ掃除くらいに考えればとのことで、後遺症の出る確率は2.3%ぐらい、俺は戦争でも震災でも生き残ったほど運はいい方のはずだし、2.3%に入るはずがないと確信をもって家族にも説明し決断をしました。ただ、少しだけ心配もあって宮武先生に相談しました。その時、先生から北村先生ともう一度相談してからと忠告をしていただいたのに、今、思えばなぜあの時三宮へ行かなかったのか後悔しております。
 さてオペの最中に血栓が飛びおそれていた脳梗塞が起こり、両肺も肺水腫、心不全となり、集中治療室にて4日間生死の間を行ったり来たりしていたようです。その時、臨死体験もしました。顔も表情も無い集団がみんな無口でぞろりと大勢出てきたけど、ただ色もなくグレイで、お花畑はありました。黄色い大きな花が満開で綺麗だった事が印象に残ってます。あれが三途の川原なのかしらと不思議に思ってますが。
 入院費用について:治療費込みで15,000円は見ておくべきです。脳梗塞だと個室使用最低3ヶ月で150万円位用意しておくべきです。収入は年金だけの私の場合、経済的に大変で、家族に負担をかけてしまい、長引けば病気よりそちらが心配になりました。
 ベッドから車椅子への移動も看護師さんや毎日見舞いに来てくれる家内などの手を借りて出来るようになって脳外科病棟からリハビリ科へ転科。血の滲むようなリハビリの後に退院。16年目の愛犬クッキーが尻尾がちぎれんばかりに振って喜んで迎えてくれました。1階の和室には、電動式のレンタルベッドもでんと座っており、車椅子もアルミ製の軽い新型も揃っていて、胸が熱くなりました。
 今は天気さえよければ一人で近くの公園に散歩に行っております。パソコンの同病者の方々のHPでぼやきがありますが、まだまだ私の具合は良い方の部類。上を見ればきりが無いし、下を見れば下があるし、今、生きておる事は確か。

(故 村松元理事はこの文章を提出された後、一時的に回復しておられましたが、しば らく後に鬼籍に入られました。村松元理事はNPO法人設立のために尽力された方です。
謹んでご冥福をお祈り致します。)


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