MAN会報
喘息の呼吸困難感

理事 宮武 明彦

 呼吸困難感は患者さんの日常生活や活動、さらにQOL( quality of life)を制限する重要な症候のひとつであり、無意識に行われている呼吸や、循環機能が破綻を来たし、それが苦痛を伴って意識に昇ってきた状態とされ、今日では、痛みと同様に純粋に感覚として取り扱われるようになっています1)。呼吸困難を来す病気は突然起こる急性のものと、ゆっくりと生じる慢性に分類することができます。外来で急性呼吸困難を生じる病気としては、喘息、肺炎、気胸、過換気症候群などが、また、慢性の呼吸困難を来す病気としては、喘息、肺気腫(COPD)、心不全などがありますが、喘息患者さんにとっての呼吸困難感は“tightness in the chest”(胸部圧迫感)として認識されることが多いようです。この圧迫感は、気道や肺、あるいは胸壁にあるレセプター(受容器)に集められた気道閉塞感の情報が、迷走神経を介して大脳皮質の感覚野へ伝達され、胸部に対する圧迫感として感じとるために起るとされています2)。
 私は今を遡る14年前、毎日外来で診ている患者さんの呼吸困難感(息苦しさ)の程度を検査指標にて表せないかと考えました。というのも、患者さんが感じている呼吸困難感は主観的な感覚であり、呼吸困難感そのものの強さの程度を数値的な指標として判別することが困難であったからです。
 この呼吸困難感を具体的な数値として把握する、例えば、呼吸機能検査や血液中の酸素濃度などのさまざまな検査結果が呼吸困難感と連動していれば、その連動する検査を行うことにより患者さんが感じている呼吸困難感の程度を客観的に判断できると考えたのです。
 その計測方法として考えたのは、患者さんが外来受診時に感じている呼吸困難感、ならびに24時間以内の咳の程度、また、痰の量などを10cm の棒線上に、症状なしを0cm に、最大の症状ありを10cm とした度合いスケール”Visual Analog Scale(VAS)” を使用して、受診日の呼吸困難の程度や咳の程度、痰の量などを表記してもらうことでした。次に、主治医である私自身が聴診器で患者さんの胸部を聴診し、その呼吸雑音(吸気時ラ音、呼気時ラ音、湿性ラ音)の程度を同じくVAS 上に表記し、患者さんが記入したVAS 表記と比較しました。つまり、患者さんの呼吸困難感ならびに咳・痰の量と肺雑音の強さとの関連を調べたわけです。この時、患者さんのVAS 表記は見ないようにしました。それは聴診前にそれを見ることにより、聴診診断が狂うことを避けるためでした。
 さらに、臨床検査としてパルスオキシメーターによるSpO2(酸素飽和度)測定、フローボリュウム・カーブによる呼吸機能検査(FVC, %FVC, FEV1, FEV1%, V・50, V・25)各項目の測定数値を加えた合計12項目と、呼吸困難感との関連(相関)について調べました。この検討には14名の患者さんが協力して下さり、延べ57回の測定結果について単回帰分析、重回帰分析などの分析方法を用いて統計処理を行いました。
 しかし、単回帰分析による検討では、自覚的症状である痰、咳と呼吸困難感の間には強い相関を認めましたが、その他の臨床検査項目とは弱い相関しか認めませんでした。そこで、12項目の指標の中から特に影響すると考えられる変数を明らかにするために、重回帰分析にて検討した結果、呼吸困難感と関連する因子として、%FVC、痰の量、FEV1%、吸気時乾性ラ音の順番の4因子が抽出されたのです。しかし、意外なことにSpO2(酸素飽和度)は抽出されず、パルスオキシメーターの数値だけでは患者さんの呼吸困難感を説明することができないという結果でありました。
 この研究から、話は少し数学的になるのですが、患者さんの呼吸困難感は、%FVC、痰の量、FEV1%、吸気時乾性ラ音の4つの変数から以下の式を用いて予測出来ることが判明したのです。呼吸困難感=0.526×痰+0.511×吸気時乾性ラ音-240×%FVC-0.244×FEV1%+42.4この結果は1994年の国際臨床免疫・アレルギー学会(ストックホルム)にて発表いたしました。
 喘息患者さんの呼吸困難感を私達医者がいかにして正確に把握するのかということは、現在においても喘息医の永遠のテーマであります。上記のような難しい数式を用いるのではなく、もっと簡便に患者さんの呼吸困難感を把握する指標として、現在、健康保険適応とはなっておりませんが、日本においても測定が出来るようになった呼気中NO 検査を使って検討を始めたいと考えている昨今です。

参考文献
1)滝島 任ほか: 呼吸困難- 緒論-、呼吸 12:53-7,1993
2)Darren B.T.,Approach to the patient with respiratory symptoms:Fishman's Pulmonary Disease and Disorders 4th ed.p393-405,2008


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