MAN会報
行く末の吉を願って



理事長 上嶋 幹子

宮武明彦先生のご指導による年に二回の勉強会、二ヶ月に一度開催する定例懇談会でお会いする方々以外の会員の皆様には交流させていただく機会が少なく残念に存じております。 毎回勉強させていただく諸先生のお話はとても有意義で心強く、養生第一に過ごさせていただき有難く会員一同感謝の日々でございます。
平成19年11月11日には、当会の創立10周年の記念行事を大阪大学中之島センターで行うことが出来、勉強会には東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長 教授 中村裕輔先生のご講演に200名を超える参加者がございました。又、記念のパーティーにも80余名が参加してお祝いいたしました。
気管支喘息の患者さんが中心の会なので、無理をせずボチボチ歩んで参りましょうと地道な活動をしてきたことが良かったのではないかと思います。
どうぞこれからの会合にはぜひご出席下さいますようお願いいたします。
さて、今年は七月中旬が過ぎてようやく例年より遅い梅雨明けとなりました。
そして九州、四国には台風が順次大きな被害を残して通り抜けました。幸い近畿地方は大した被害も無く二十四日の天神祭の宵宮には童子によって鉾流しの神事が行われ、二十五日には中之島の川にドンドコ船が繰り出して、天満宮を出発した船渡御の本祭が賑やかに行われました。五千発の花火の打ち上げもテレビで久々に見ながら昔を思い出しました。
幼い時、家の前を整然と陸渡御の行列が通り御鳳輦がゆっくり過ぎる時は頭を下げてお祈りいたしました。小学一年の頃でしょうか、二階から覗いて叱られた事も懐かしく思われます。
天満警察署前から松島に向けて静々と船が進んで行きました。
氏子の父も五十代の頃ダンジリを担がせて貰いましたが短い時間で精一杯でした。
終戦後の翌年、天満宮の役員をしていた叔父の計らいで戦争から帰還いたしました主人と、戦後天満宮での第一号の結婚式を挙げることが出来ました。(写真)その後、妹一人、弟二人兄弟全員天満宮で縁を結びました。繁昌亭のあたりは小さい時からの思い出の尽きない場所でした。
両親の年を越え現在あるのは、宮武先生、藤田先生を始め諸先生、家族のお蔭と感謝の日々でございます。年を経て昔を偲び過ごす日々、行く末が吉とお遍路巡るこの頃でございます。




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