MAN会報
小さい頃は心地よい季節である
秋は大嫌いでした、
でも今は大好きです


橿原市 K.I

万葉のロマンを漂わせる、畝傍山、耳成山、香久山の大和三山、藤原旧跡、その他、歴史的文化遺産が点在する奈良県橿原市は、今、稲刈りの最盛期を迎えています。また、河原などでは、セイダカアワダチソウがあちらこちらで見かけられます。
秋というのは、昼夜の温度差が大きいため、風邪もひきやすく、心地よい季節ではありますが、健康上、油断できない季節でもあります。
私は、一年中どこにいても、ひときわ色が黒く、「何をしてそんなに焼けているのか」とよく聞かれます。その理由は、毎週、土曜や休日は、朝から晩まで、休むことなく、少年野球チームの指導に参加しているからです。子供達との野球の練習や試合、そしてチームの運営を通じて、自分の人生に役立つ、人とのつながりの大切さなど様々な貴重な経験をさせてもらっています。チームも県大会や西日本大会へ出るほど力をつけています。卒団者の中には、甲子園出場を果たした子供もいます。
月曜日から金曜日は仕事と早朝の30分程度のジョギング、そして、夜はアルコールを楽しむ。土曜や休日は少年野球。年間、ほとんどと言っていいほど、体を休ませる日はありません。このような生活リズムで、かれこれ15年になります。(申し遅れましたが、現在48歳です)
そんな私ですが、中学1,2年生の頃までは、季節の変わり目、特に夏から秋へ季節が移ろうとする頃になると、毎年、ぜんそくの発作を起こし、学校を、一、二週間休んでいました。運動会も見学、修学旅行も不参加といった状況でした。なので私にとっては、秋は大嫌いな季節でした。自分自身も体力には自信が持てず、常に、人の後をついて行くといったような、何事にも消極的な性格になっていました。



私が、先代の宮武先生(現在の宮武明彦先生のお父様)に出会ったのは、ぜんそくで苦しんでいた小学校6年生の時でした。母親に連れられ、1泊で色々な検査を受けました。そして、私に合った治療を研究していただき、そのお陰で、体質改善に成功し、中学生の後半からは、全くぜんそくの発作を起こすことはなくなりました。と同時に、体力も向上し、長距離走、短距離走どちらでもクラスの上位でした。高校では野球部に入り、さらに体力をつけていくことができました。30歳前後には、フルマラソンへも何度も挑戦し、すべて完走できました。小さい頃は、子供心に、大人になって就職した時、こんな体調でやっていけるのかと不安に思ったこともありました。それが、宮武先生と出会い、根気よく治療を続けることで、まるで別人のように元気で、丈夫な体になりました。病気で仕事を休むことも滅多にありません。小さい頃の話を、職場や少年野球のスタッフにすると、誰にも信じてもらえません。でも油断は禁物、少し風邪気味と感じた時は、時間をつくり、早目に(お父様に引き続き)宮武明彦先生に診ていただき、用心するようにしています。
野球チームの子供達の中に、ぜんそくの発作やアトピー性の皮膚炎を持つ子もたくさんいます。保護者の方々には、私の経験や宮武先生の話をし、治療を勧めることもあります。
宮武先生には、自身の健康に留意していただき、私のように秋が嫌いだった子が、そうではなくなるように、治療に、研究にさらにご活躍されることをお祈りしております。

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