MAN会報
準備なくして交渉はない
―準備とイメージ―


理事 津田 禎三

(一)私の生涯のテーマ。
―交渉―。
遅咲きの私が弁護士になって以来、一貫して追い求め勉強してきたのは交渉についてです。 弁護士であった父から厳しく鍛えられたこともあり、小さい頃から私は闘争的で餓鬼大将を押し通し、手も早かったが口も達者でした。そんな私が、長じて職業遍歴の後、四十歳を過ぎて弁護士となり交渉を業とするようになりました。なにわ橋法律事務所の『所窓』を見ても、毎回、交渉について書き続けています。変化、発展がないの一語につきますが、私にとって交渉は死に至るまでのテーマだと思っています。

(二)オールド・ネゴシエーターの反省。
1)若い頃、裁判上の和解で、裁判長から『貴君の父上は、難しい事件を見事な和解で解決されたが、貴君も親先生に負けませんな。』と評価の言葉を頂き恐縮もし勇気づけられたことがありました。交渉や和解には、それなりの自信と自負がありました。相談を受けた事案の処理で相手方との交渉について依頼人から不満を表明されたことはありませんでした。
2)ところが、米寿を迎えた私自身に、交渉力・集中力の衰えを厳しく問いかける事件がおこりました。その交渉事案は、それ程難しいものではなかったが、相手方との金額的な溝が埋め切れぬため依頼人の納得が得られず、事案の処理としては極めて不満足な結果となりました。私は、この事案における交渉の初めから最後までの全てを、自分のなかで繰返し再現し厳しく検討しました。交渉の基本に立ちもどり検討した結果、最大の欠陥は、準備の不足にあったと気づきました。
3)交渉の成否は準備によって決まります。準備のためには、どれほど時間をかけても充分とは云えません。充分な準備なしでの交渉は、無防備で無謀な戦争をするに等しいと思い定め、一にも準備、二にも準備と自分に云いきかせてきました。ところが、この件では、納得いくまでの準備がなされていなかった。更に云えば、この事案の初期段階の交渉に参加していた私が、途中、中断していたにも拘わらず改めて交渉に臨むに当たっての姿勢と考えに甘さと先入観があったことを後になって気づきました。この不出来な交渉結果は、私にとって屈辱的なものでした。そこで、厳しく自分の交渉力を見直し、交渉における準備とは何かについて改めて考えました。以下、準備について私の考えを整理します。

(三)交渉における準備。
―情報収集と証拠―
1)準備の中核は、情報の収集と分析にあります。弁護士としての私達の仕事では、情報は、まず依頼人(会社の場合は代表者或いは担当者)の話しを聞くことにより提供されます。これは簡単なようで難しい。依頼人(個人、法人に関係なく)は、必ずしも真実を語るとは限りません。人は、誰でも都合の悪いことは言いたくないし、時には意図的に忘れようとするものです。依頼人に対する反対尋問は、敵性証人に対する反対尋問より大事であり難しいとされる所以です。
真実を見極めるためには依頼人にとって不都合なことや不利なことも大事であり、暗い反面をも明らかにしてこそ真実が浮き上がってくるものです。そこで、まず、依頼人の顔をやさしく見つめ乍ら、その訴えるところをじっくりと聞くこと。そしてタイミングよく的確な質問をすることは聞くことを補強するだけではなく、必要な情報を得、真実と依頼人の真意を知るうえで大事なことです。これは情報収集の技術と云えるでしょう。
2)次に、私達は弁護士として、裁判を視野に入れる限り、真実を裏付ける証拠の収集は、情報収集活動のなかで特に意を用いるところです。受任事件にとって完全な第三者で且つ最終的な判断者となる裁判官を納得させることのできるのは法的議論も大事ですが決定的なものは、証拠です。諦めることなく根気よく事件の争点解明の鍵となる証拠を探し集めることは、情報収集活動のなかで特に大事な点です。交渉において真実を裏付ける証拠を切り札として懐に入れ、適切な段階でこのカードを切る限り事件は裁判に至らずして解決するでしょう。

(四)相手方の情報と情報の分析。
1)依頼人サイドの情報収集は簡単なようで難しいが、それ以上に、相手方についての情報をとることは極めて難しい。相手方について依頼人の言うところは依頼人の色眼鏡による色が着いていると見なければなりません。弁護士が相手方との交渉で相手を納得させ目的を達成するためには、依頼人についての情報だけではなく、相手方についての的確な情報が把握されていなければなりません。そのためには、可能な限り最大限の努力が必要です。依頼人本人だけでなく関係者の話しを直接且つ繰返し聞くこと、更には事件の現場に足を運ぶこと、所謂、現場を踏むことが肝要です。人任せ、報告書依存ではなく、自分の眼と脳で見極め考えることは何よりも大事なことです。
2)事件の背後或いは事件の奥にある眼に見えない事実についての情報は事件処理の鍵とも云えます。依頼人が相手方と紛争になったのは何故か。本当の原因は何か。双方の利害が対立するから争っていることは分かるが、対立する利害の奥に双方に共通の利害・利益は存在しないか。収集した情報の分析により、これらのことが少しずつ明らかとなり、やがて事案についての明確なイメージが脳内に熟成昇華されてきます。共通の利害がイメージ出来れば、交渉は意のままとなるでしょう。
収集した情報・証拠を生かすも殺すも、これらを徹底的に分析し明確なイメージを得るまでの努力と根性次第です。

(五)交渉は私の勉強道場。
交渉を業とし、それなりの自負心を持っていた私にとっての苦い経験は、交渉における準備の大切さと難しさについて考えを改め深める契機となりました。v 交渉についての私の自信は、過信・思い上がりとなり、当然の失敗に至ったものと自戒しました。
私にとって、交渉は死に至るまでの勉強道場であることがよく分かりました。
(なにわ橋法律事務所 所主 )
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