MAN会報
一度しかない人生だから

事務局長 高峯 秀樹

この世で一番大切なこと、それはいのちを尊び大切にすることでしょう。
宮武明彦先生は、診療を一方的に行うだけでなく、病気の原因や治療法を理解することが病気のコントロールに役立つと考えられ、開業1年目の平成4年9月5日に「大阪市おとしより健康センター」で気管支喘息の患者さんを対象とした勉強会を始められてから平成19年11月11日に記念すべき第35回を迎えました。
その間にこの勉強会が母体となって平成9年3月1日に御堂筋アズマネットワークが発足し、平成12年10月25日にはNPO法人として社会的認知を受けることが出来ました。
今年の3月1日に、会の発足満10周年を迎えましたが、「学び合い、助け合い、励まし合って気管支喘息の苦しみから解放されましょう」のスローガンは、宮武先生と上嶋理事長を代表とする患者さん、関係者が一体となった活動により徐々にその意義が認識され成果を挙げてきたのではないでしょうか。
この運動が機縁となって、いのちを尊び大切にする意識が深まることを念願いたしております。
さて私自身の事になりますが、この10月13日に満75才になりました。昭和29年の秋に明彦先生のお父様の明一先生に出会い、二代にわたりお世話になったお陰で健康をいただき感謝の毎日です。
平成4年の10月に37年間勤めた百貨店を退職しました。その間のご縁で翌月の27日に友人、知人50人が発起人となって私を肴に楽しむオールナイトパーティーを大阪・東洋ホテルで開いてくれました。約150人が集まり翌朝の始発電車が走るまで続きました。夜中の飲食は同僚だった食堂部の女性マネジャーが担当してくれて好評でした。
このパーティーがきっかけで、その後、国際協力、社会貢献、環境、社会福祉、医療などのボランティアの事務局や役員を担当させていただきましたが、サラリーマン時代と異なり自己完結での仕事の大変さと、生きるもののいのちの尊さ大切さを痛感いたしました。
そしてこのような活動を続けることが出来たのは、老いても元気で長生きするためにとの仮説で始めた右脳の活性化です。
それは退職の5年程前から。右脳に絵を描くために油絵、書、それに俳句の三つを同時に始めました。一つだと直ぐ挫折するからです。それにアイデァは組み合わせによるからです。
俳句は幸運にも晩年の山口誓子先生と先生の片腕だった俳句研究の第一人者だった松井利彦先生に出会うことが出来ました。松井先生は俳句を学問にしたと評価されていました。私は先生の主要な著書、編著、句集を平成11年から5年間にわたり俳誌に「著書解題」のテーマで連載させていただき、正岡子規から現代にいたる俳句を総合的に勉強させていただきました。
その後、関西民放クラブでお話した「ピカソが判ると俳句が判る」が面白いと評判がよく出版に向け執筆中です。現在は、月刊の俳誌「天弓」百頁の編集担当で、他誌を紹介する「俳誌逍遥」と、出版された句集を紹介する「句集紹介」を連載、執筆しています。又、大手NPOの活動の一つとして「ブログで学ぶ俳句教室」の計画を進めています。
たまたまですが、このように元気で長生きを目標に継続していると段々次元の高い活動が出来るようになってきます。これは健康の賜物です。
御堂筋アズマネットワークには、気支喘息を病みながらも、色々の分野で活躍している人達がおられます。会の事務所でお互いの成果を話し合うのは、何よりの励みになります。
お互いに命の尊さ大切さを認識して色々と実践の輪を広げて参りましょう。

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