MAN会報
ステロイド(コルチゾル)の作用

理事 宮武 明彦

  前回、御堂筋アズマネットワーク13号(2006年12月25日発行)において、「吸入ステロイドの功罪」と題して記事を掲載させていただきましたが、今回は、ステロイドホルモン(コルチゾル)の重要な作用について、もう少し掘り下げて説明をしてみたいとおもいます。
副腎皮質から分泌されるコルチゾルの作用については、1850年頃、すでに副腎は生命維持に必須の臓器であることが知られていました。例えば、実験動物のラットから両側副腎を摘出してしまうと、食塩水の補給をしておかないと数日で死亡してしまうこと、また、肝臓での糖貯蔵が困難となり低血糖を来たすこと、そのため外からコルチゾルを投与しない限りその動物は生きられないことがわかっていました。現在、副腎皮質からのコルチゾル分泌には、次の3種の調節機構のあることが明らかとなっています。

1) コルチゾルの分泌は、一定量がいつも分泌されているのではなく、時間によって分泌量が変動します。すなわち、毎日午前6〜8時に最大値、夜半に最低値になる正確なリズム(日内変動)が形成され、体内時計がそれを司っています。この体内時計は脳のホルモン調節センターである視床下部の視交叉上核に位置していて、日の出、日の入りの太陽周期に同調しています。例えば、海外旅行に出かけた時に時差ぼけで悩まされたことがあると思いますが、これもコルチゾルのリズムが乱され現地の時間に同調するのに暇がかかるために起こる現象です。余談ですが、時差ぼけ(ジェット・ラグ)を克服する近道は、到着後すぐに現地時間で食事を摂り、現地時間に従って行動することです。

2)コルチゾル分泌はストレスによっても起こります。私達がさまざまな肉体的、精神的ストレスを受けたときに脳内の視床下部が刺激され、最終的に副腎皮質からコルチゾルを分泌させるホルモン調整機構のことをストレス機構とよんでいます。ストレスとなる代表的なものとしては、強い外傷、発熱(病気)、低血糖、血圧低下、寒冷にさらされること、激しい運動、精神的打撃、喫煙等が含まれますが、ヒトにとって最大のストレスは大きな外科手術を受けることです。ひと昔前までの大会社の社長さんは、小太りでお腹が出ていて、赤ら顔が定番でしたが、これも仕事上の精神的ストレスによってコルチゾル分泌が過剰になり起こっていたのかも知れません。すべての哺乳類は強いストレスを受けた時に副腎皮質からコルチゾルの分泌を増やしてストレスを凌いでいます。

3) 生体内には、ホルモン環境を一定にするためのネガティブ・フィードバック機構(日本語訳は適切なものがありません)が備わっています。コルチゾルもこの機構の調節を受け、血液ホルモン・レベルはいつも一定に維持されています。その仕組みは、脳内の視床下部からそのすぐ下にある下垂体前葉に刺激が伝わり、さらに副腎皮質へと、視床下部―下垂体前葉―副腎皮質の間に回路(ループ)が形成されていて、視床下部からCRH (副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)が分泌されると下垂体前葉が刺激されてACTH (副腎皮質刺激ホルモン)を分泌し、さらに、ACTHは副腎皮質を刺激し、最終的に副腎皮質からコルチゾルが分泌されます。例えば、上記のストレスによって副腎からコルチゾルが多量に分泌されると、コルチゾルの血液濃度が上昇し、その信号が視床下部および下垂体前葉に到達し、ここで分泌されるCRHやACTHの分泌量が抑えられることによって、副腎皮質からのコルチゾルの分泌が低下します。このように、ホルモンの分泌量が増えれば抑え、ホルモン量が減れば分泌を促進させる、この働きをネガティブ・フィードバック機構といい、この機構によってヒトの血中ホルモン・レベルは一定に保たれています。以上のように、コルチゾル分泌は日内変動、ストレス機構およびネガティブ・フィードバック機構の3種類の調節がお互いに正常に機能して、私達の生命を維持してくれています。これを生体のホメオスタシス(恒常性)と呼んでいます。
コルチゾルが薬として使用される理由は、現在、私達が使っている薬の中で最も強力な抗炎症作用を持っており、この強い抗炎症作用が病気治療に期待されているからです。しかしながら、気管支喘息に対しても非常に有用な薬ではありますが、副作用が少なからずあることを私達は認識していなければなりません。その中でも特に注意しておかなければならない重要な副作用である中心性肥満、耐糖能異常(糖尿病)、高血圧、脊椎骨折(骨粗鬆症)、副腎不全の5つについて説明いたします。
中心性肥満:ムーン・フェイスという言葉は、一般の人達にもよく知られるようになりましたが、顔が満月様顔貌(ムーン・フェイス)になり、さらに首から肩にかけて(水牛の肩のこぶ様)盛り上がりが認められ、体とお腹に著明な脂肪が付き、手足は反対に細く痩せ、筋肉が落ちた体型となり、脂肪分布に特徴的な変化が見られます。正確な発症機序は不明ですが、私達は、患者さんにムーン・フェイスが出ていないかどうか注意深く診察しなければなりませんし、また、ムーン・フェイスを起こさないように合成ステロイド薬の種類や投与方法に工夫を加えながら治療を行っています。
耐糖能異常(糖尿病):コルチゾルを長期間過剰投与すると、肝臓でのブドウ糖の産生が増加し、同時に全身の組織でのブドウ糖の取り込みと利用が抑制され、その結果、血糖値が上昇し、最終的に膵臓のβ細胞からインスリンの分泌が減少して糖尿病が発症することがあります。そのため、喘息発作時にコルチゾルを短期間しか使用しなかった場合でも、この異常を早期に見付けるために空腹時血糖やヘモグロビンA1c(HbA1c)の検査を繰り返ししておく必要があります。
高血圧:コルチゾルは弱いながらもミネラルコルチコイド(血圧を上昇させるステロイドホルモン)作用を持っていますので、長期に服用すると血圧上昇に傾き高血圧を引き起こす場合があります。しかし、私の経験では、高血圧の薬が必要になるほど血圧上昇を来す患者さんは少ないのですが、血圧を測定することを疎かにしてはなりません。
脊椎骨折(骨粗鬆症):人間の骨は、子供の頃から成長を続け20歳頃に最も硬くなり完成されますが、それ以降は、女も男も加齢と共に僅かずつ骨密度が減少して行きます。骨は、皮質骨と海綿骨の2種類からなり、特に、骨吸収は軟らかい海綿骨から起こり骨密度が減少して行きます。海綿骨のほとんどは背骨(脊椎)にありますので、高齢になると脊椎圧迫骨折を起こし易くなるのはそのためです。骨密度の減少は、私達が生き物である限り避けられない加齢現象であり、特に、女性は卵巣から分泌されていた骨を作る最も強力なホルモンである女性ホルモン(エストロゲン)が閉経になると作られなくなります。このため脊椎圧迫骨折の危険性が男性より高くなりますので、ご自分の骨密度の値を定期的に把握しておくことが必要です。特に、成人以降に発症する気管支喘息の好発年齢は35歳から45歳頃であり、ちょうど女性の生理がなくなる閉経前と重なっています。そのような時期に、治療薬としてコルチゾルの長期使用は骨粗鬆症の増悪因子になるため、当院では、2004年の日本骨代謝学会による「ステロイド性骨粗鬆症の管理と治療ガイドライン」に沿って、骨粗鬆症を正確に診断するため定期的な骨密度測定を勧めています。
副腎不全:私達が薬として合成ステロイド(コルチゾル)を服用すると、血液中のコルチゾル値は上昇しますが、短期間の投与では副腎皮質からコルチゾルが出なくなることはありません。しかし、投与が長期間に及ぶと視床下部−下垂体前葉−副腎皮質系のホルモン分泌が抑制を受け、自分自身のコルチゾルが副腎から分泌されなくなります。この状態を副腎不全と呼び、ステロイド恐怖症として知られている状態です。この副腎不全の把握のために当院では副腎が正常に機能しているか否か、ラピッドACTH負荷テストを実施してコルチゾル分泌の反応性を検討しています。
以前は、治療に際しステロイドの副作用について過剰に心配される患者さんが少なからずおられましたが、インターネット等、新しいメディアの普及によって正確な医学知識が広く情報公開されるようになり、根拠のない恐怖心を抱く患者さんは以前より少なくなりました。また、気管支喘息を長期に抱えながらも、管理が良ければ平均寿命以上に長生きされる患者さんも増えました。これからも患者さんの期待に答えることが出来るように、私達医師はますます勉強をしなければならないと考えています。
医療法人 宮武内科院長

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