MAN会報
眠りへの誘(いざな)い
−眠りを誘う食べ物と手技 その2−


顧問理事 藤田きみゑ

 前回は眠りを誘う食物について述べました. 今回は眠気を催す, あるいは自然な眠りに入りやすい手技をお教えします. 体がくたくたに疲れているのに, あるいはくたびれている筈なのに, なかなか目が冴えて眠れない. 皆様はそのような経験をお持ちではないでしょうか. 近年, 眠りの科学については色々と研究されるようになりましたが, まだ眠りの機序については不明な点が多く, 現代医学では精神安定剤や睡眠誘導剤, また, 睡眠薬に頼るしか方法のないのが現状です. しかし古来, 東洋医学, 特に鍼灸では体の気の流れを整えることにより, 精神を安定させたり, 患者が眠れるように治療してきました.
 東洋医学における不眠の原因としては大きく3つに分類されます. その内の1つは肝気に由来するものです. 東洋医学の肝は単に肝臓という臓器を指すのみならず, 消化吸収機能や自律神経の働きなどを総称したものです. この系列を肝経というのですが, 何かストレスがあり, そのことにより肝の気の流れが悪くなり(肝鬱気滞:かんうつきたい), さらに, うっ滞が昂じて肝の気が流れなくなり, 気の固まりとなって不眠傾向が起こり(肝気鬱結:かんきうっけつ), いらいらし, 当たり散らしたくなり, のぼせが強く, 目が充血し, 不眠が起こるようになります(肝陽上亢:かんようじょうこう). これには, 更年期におけるのぼせ等がこれに当てはまります. これがさらに高じて, 頭に血が上り, 理性的な判断ができなくなるような状態(肝火上炎:かんかじょうえん) になると全く眠ることができなくなってしまいます. すなわち, 気の流れが滞ることにより起こる不眠であります.
 もう1つは心に由来するものです. 心は心臓という臓器のみならず精神的な働きを総称したものですが, その名の通り, 不安や悩みなどの精神素因が引き金となって起こる不眠がこれに当たります. 心が基盤となり起こる不眠状態を心血虚(しんけっきょ)と言いますが, これが起こる素地には脾の失調(内蔵の不調)があり, これにさまざまな精神素因が加わって, 健全な精神と内臓の働きのバランスが取れなくなる臓神失調(ぞうしんしっちょう)を生じ, 心と脾の働きのバランスが崩れる心脾両虚(しんぴりょうきょ)を起こし, これにより心血虚が起こるとされています. すなわち, 心臓がどきどきし, 不眠が起こり, 眠っても夢を多く見て, 不安感が強く, 鬱(うつ)状態に陥りやすく, 物忘れを生じ, また, 眩暈(めまい)などを起こすものであります.
最後の1つは腎に由来する腎陰虚(じんいんきょ)という不眠状態です. 腎は腎臓を含む泌尿器系のみならず, 成長や精力あるいは生命力などを司ります. 従って, この生命力(腎精)が生まれつき低下している者や長い病気などによる療養状態, さらに, 老化や性行為の過多などで腎精が低下している状況に, ストレスなどの何らかの要因が加わると不眠が起こってきます. 腎陰虚の症状は, 疲れたような顔, 寝汗, 不眠, 遺精, 四肢や体幹がほてるように熱くなる(五心煩熱:ごしんはんねつ), 口の渇き, 多飲, めまい, 耳鳴りなどで, 老齢者や体力の衰えた状態にストレスが加わると, 腎陰虚の状態に陥りやすくなります. 不眠が起こっている場合, 自分の症状はこの大きく3つの内, どれに属しているのかを判別することができると, より有効な手技を用いることができます.
 では, 次に具体的な手技について述べます. まず, 肝気が高まっている場合には太敦(たいとん) というツボを用います(図1参照). 太敦は足の親指の右側, 爪の生え際の端から指の付け根の方に3〜5ミリの方向にあり, 不眠傾向の方はこの部分を押さえるだけで圧痛を感じることもあります. このツボをゆっくりもみほぐすように押さえてもよいのですが, 一方の足をもう一方の膝に乗せ, 乗せた足と同側の手で足首を固定し, もう一方の手の人差し指を太敦に当て, 足指のちょうど反対側に手の親指を当てて強く固定し, 外側に向かって親指を10〜15回程度回転させます(図2参照). このマッサージは入浴後に左右両足に行うのが効果的です. 同じように, 肝気を鎮めるために印堂(いんどう)というツボを用います. 印堂はみけんの中央にあり, 密教で第三の目と言われる位置にあります. この印堂を指先で円を描くようにゆっくりと軽く10回程度さすります(図3参照). このツボは決して強くごしごしとこすらないようにして下さい. また, クレンジングクリームなどで洗顔するように, 印堂を含めて額全体を5分程度軽くさすってほぐす方法もあります. これらのマッサージは眠る30分前ぐらいに行うとよいでしょう. 目安としては, 額にしわができている方はこの肝経のマッサージが効果があると考えられます.



 あれこれと思いめぐらしたり, 物事をくよくよと悩んだり, 悲しいことや辛いことなど, 心に関与するストレスで眠れなくなる時には, こめかみや太陽というツボへの刺激が効果的です. この部位へのマッサージは, 眠前に心身がリラックスできないために寝付けない時などに行います. このこめかみのマッサージは側頭筋という筋肉をもみほぐすのですが, 側頭筋は両側のこめかみに指を当て, 口を大きく開いたり閉じたりすると動く筋肉として指先に触れます. その側頭筋を両手の中指や薬指で両側共に5分間程度, 軽くもみほぐします(図4参照). また, 太陽は眉の端と目じりを結んだ線上の中間からこめかみ側に指をずらして少し窪んだ所にあります. 不眠の方はここを押さえると圧痛を感じますが, この部分を両中指で強く押したりゆるめたりを数回繰り返します(図5参照). 同じく, 心経のツボには首の後ろのすじ, そして労宮(ろうきゅう)というツボがあります. 首の後ろのすじは両手中指で首の後方, 頭髪の両側はえぎわから上に約5cmの所に指で押さえると堅くてコリコリするスジを触れます. このスジをゆっくりと柔らかく5分程度もみほぐします(図6参照). また労宮というツボは手相でいう知能線上, 中指の中心の位置にあります(図7参照). この労宮をもう一方の手の親指でもみ上げるように約2〜3分間刺激します. 片一方の手が終われば反対側の手をもみます. このマッサージはなかなか寝付けない方が眠る直前に行うと, 知らない内に眠ってしまう効果的な方法です.
年をとって急に体力の衰えを感じ始めた, あるいは体が冷えて寝付きが悪い, 朝早く目が覚めてしまう, 夜間何度もトイレに行くために眠れないなどの訴えをお持ちの方は, 腎経の刺激が有効です. 腎経の刺激方法としては人中(じんちゅう), 湧泉(ゆうせん), 失眠(しつみん) などのツボを用います. まず, 人中は鼻の下の窪みの中心にあります.



このツボへの針は失神している患者を覚醒させるというほど強力なものですが, ここを人差し指で横に軽くこすります(図8参照). 人中への刺激は気が付いた時に何回も行っていると, ホルモンの分泌が徐々に盛んとなり, 体調が整ってきます. ただし, 良いからといって強くごしごしこすらないようにして下さい. この人中の刺激は不眠に対して即効性があるものではなく, 腎の機能を整えるための方法として用います. また, 湧泉は足裏の中心より上位方, 指寄りにある腎経のツボです. このツボは日常的に刺激したり, 温めたり, マッサージをかかとへの矢印方向に向かって行っていると(図9参照), 腎の機能が整えられ, 寝付きが良くなっていく場所です. 最後の失眠は老人性の不眠症には特効のツボで, 鍼灸師さんはここに小さなもぐさを置いてお灸をされます. この失眠のツボを中心に, その横線上をゆっくりと親指で10分程度もみほぐします(図10参照). 手や指がくたびれる時は, 小さなすりこぎや, 先の丸い棒などを用いて刺激を加えるのもひとつの方法です. 同じく, このツボを温灸で温めたりすることも効果があります. これらの方法は眠る直前ではなく, 少なくとも眠る1〜2時間前に行うことが効果的です. ローラーなどが付いているマッサージ器を使用される時は, 刺激の強さを弱にして部分的に5分程度までの軽い刺激を行います. これ以上の長時間の強い足裏刺激を毎日続けて行っていると, 老齢者の場合は赤血球が壊されたりすることがありますので注意が必要です.



 数多くのツボ刺激のみならず睡眠導入の簡易的な方法として入浴があります. 寝付きを良くするための入浴方法としては眠る直前ではなく, その30分程度前に入浴するのが効果的です. しかし, 寒い冬は湯冷めをしないように暖かくして体を冷やさないようにして下さい. お湯の温度はぬるめにして熱すぎないことが肝要です. なぜなら, 熱すぎるお湯は交感神経を刺激して軽い興奮状態を作ってしまうからです. また, 体力のない方や心臓疾患のある方の入浴方法としては半身浴が適しています. 首までお湯につかるのではなく, 心臓から下の部分のみをゆっくりと温めます. この時, 肩はタオルなどで覆うようにします. さらに, 体力の衰えた時や, 疲れた時, 風邪の引き始めや治りかけの時などは足浴が有効です. 足浴は大きめのバケツに少し熱いと感じるほどの(38℃程度)お湯を7分目ほど入れ, 両足をつけます. 少しぬるくなったと感じたら, 差し湯をして20分程度, 首などにうっすら汗をかくようになれば終了し, 最後に冷水のシャワーを足にさっとかけ, よく拭いて休みます.
以上, 2回に渡って眠りを導く食べ物と手技についてお知らせ致しました. ツボなどの刺激は色々と試して頂いても大丈夫です. 皆様が良い眠りを得られることを願っています.

イラスト:種村敬司, 東洋医学監修:藤田麻里
引用文献:自然療法 東城百合子 あなたと健康社, 「鍼灸症候学」 丹沢章八, 快眠力 三笠書房,どんな不眠もこれで治せる 図書印刷株式会社
(滋賀県立大学人間看護学部教授)



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