MAN会報
私の喘息撲滅大作戦

会員 山田 晴之

●古希の元気
古希を迎えても、 私は連日、 元気に仕事をこなしていた。 これまで病気で寝込んだことはなく、 40年間、 仕事を休んだ事もない。 だから自分がこんな年になったとは、 いささかも自己認識していなった。 体感的には、 ずうーと中年感覚だった。 ある日、 元気な知人にそのことを尋ねてみた。 同じ答えがかえって来た。 自分だけでないことにほっとした。 やがて安堵が自信に変わった事を覚えている。

●喘息、 それは金属疲労
そんな頃、 季節の変わり目に珍しく風邪をこじらせ息苦しい夜が続いた。 せき込み、 息が詰まる思いは、 全く初めての経験だった。 大阪でも著名な総合病院の呼吸器内科を訪ね、 初めての治療を受けた。 病院の担当医の見立ては、 「喘息です。 老化現象、 いわゆる金属疲労の様なモノで、 根本的には完治は難しく、 吸入薬で症状をおさえながら、 風邪や疲労に気をつけ、 根気よく治療しましょう。」 一病息災と前向きに考え、 毎月2回の診察を受けながら、 ほぼ1年が経過した。 しかし好転の兆しはない。 季節の変わり目には、 相変わらず息苦しい夜が訪れる。 もろくも中年を標榜した体感的自信はどこえやら、 もはや崩壊寸前だった。

●宮武先生との出会い
そんなある日、 所用で知人の巽英太郎さん (接着剤ボンドのメーカー、 コニシ株式会社副会長) を訪ねたところ、 咳き込む私を見て、 奥さんが数年来患い続けた持病の喘息が、 名医の手でほぼ完治した事、 そして今では海外旅行を楽しんでいるとの話を聞かされた。
藁をもつかむ思いで、 紹介していただいたのが、 実は宮武先生だった。
初めて宮武医院を訪れたのは、 忘れもしない今年1月22日の午後。
瀟洒なビルの10階のエレベーターをおりたところで、 ばったりと旧知の高峯秀樹さんとお会いした。 驚いた。
私からすれば、 「なんでここに高峯さんが」 高峯さんからすれば、 「なんでここに山田さんが」 こんな感じだっ たと想像する。
高峯さんとは、 ゆうに三年ぶりの再会だろうか。
「いま宮武先生が特別顧問理事になられた喘息患者のNPO法人を運営している」 とのこと、 高峯さんの話で、 疑問は氷解した。
宮武先生と高峯さん、 そして新たに 私をつなぐ脈略に不思議なご縁を感じた。

●高峯さんとの思い出
高峯さんとは、 今を去る18年位前、 高峯さんが大丸百貨店の宣伝部長の頃。
当時高峯さんは、 有能な経営幹部として縦横に活躍されていた。
最初の出会いは、 確か大丸恒例の英国展の企画をお手伝いした時だったと記憶する。
それからは、 私が主宰する月例の経営勉強会ビジネスフォーラムに参加いただき親交を重ねさせていただいた。
また、 私が親交のあった料亭灘万の子息で俳人の楠本憲吉さんをご紹介し、 やがて高峯さんの俳句人生が始まる。
探ればきりがないほど、 高峯さんとのビジネス交流の思い出はつきない。

●喘息撲滅大作戦
宮武先生の最初の診察は、 ピークフロー値など喘息の病状分析から始まった。 喘息についての説明や、 自己管理のための喘息日記もいただいた。
以前の総合病院 (若い医師) と異なり、 吸入薬の選択や回数などの取りきめが実に繊細なこと、 加えて先生の真摯な診察を通じて、 再度の治療への挑戦意欲が彷彿と沸いてきた。
その頃の私の仕事の手帳を開くと、 毎日の日付けの後に、 「挑戦、 喘息撲滅大作戦」 と朱書きされている。
その朱書きのスローガンは 「いい先生との出会いを大切に、 喘息治療への全力投球を忘れるな」、 と毎日のごと、 私に語りかける。
そして驚くなかれ、 1月の末には、 快眠の夜を取戻し、 そして2月には、 体感的な中年の元気をふたたび取り戻すことに成功した。
今も、 完治を目指して、 欠かさぬ平素の挑戦を続けている。

●NPOによる社会貢献活動
その後、 宮武先生や高峯さんが主宰される、 喘息患者の会 「NPO御堂筋アズマネットワーク」 にも参加させていただいた、
喘息のつらさは、 喘息をわずらった人にしかわからない。
いまセカンドオピニオンや、 喘息患者の自己管理の大切さが叫ばれているが、 喘息のつらさを経験した人たちが団結して、 数100万人といはれる喘息患者のために、 喘息撲滅への福音的な社会貢献活動を展開する意義は計り知れず大きい。
実は、 私も故あって日本とタイ王国を結ぶ日タイ国際交流の社会貢献のためのNPO日タイ国際交流推進機構 (略称JTIRO)を主宰して、 七年になる。
今では、 貧しいタイの子供たちへの教育支援や、 日本のシニアのロングステイを会員ともども支援している。
健康を取り戻しつつあるいま、 来年の日タイ修交百二十年を目指して、 NPO活動に更なる尽力をしたいと願っている。
特定非営利活動法人
日タイ国際交流推進機構代表理事


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