MAN会報
新しい段階にむけての喘息治療

顧問理事 玉利真由美

 私達の研究室は6年前に発足し、 遺伝学という手法を用いて喘息の病態を科学的に明らかとし、 発症しないようにするにはどうしたらいいのか、 発症してしまっても悪くならないようにするにはどうしたらいいのかを研究しています。 これまで喘息の研究といえば、 ネズミを使ったり、 喘息患者さんの血液や気管支の組織を使って研究が行われてきましたが、 近年、 急速な科学の進歩によりヒトゲノム (親から子に伝えられる遺伝暗号) が解読され、 遺伝学の技術を使ってヒトの病態を研究することができるようになりました。 この研究方法は病気になったヒトと病気にならなかったヒトの遺伝暗号を比較するため、 統計的に信頼できる結果を得るためには数百人の喘息の患者さんのDNAサンプルが必要となります。 実際、 大学病院でこれらのサンプルを収集しようとすると、 様々な困難が伴います。 近年、 喘息管理の進歩から、 喘息で入院されている患者さんが少ない状況に加え、 外来患者さんの協力を得ようとしても、 担当の先生が複数いて、 その管理方法が違っていることもあります。 さらに、 喘息の患者さんは大学病院ではなく、 通院に便利な市中病院やクリニックに通われているケースも多く、 なかなか症例を集める事が困難であるのが実情です。 一方、 宮武内科のような喘息の患者さんが集中して通院されている専門クリニックは、 宮武先生お一人が、 数百人の喘息患者さんに国際標準の治療を行っており、 サンプル収集には大変良い条件が整っております。 宮武先生はこの遺伝学を利用した喘息研究に大変理解を示され、 我々の研究室が発足した当時から全面的にご協力下さりました。 特に宮武内科に通院されている患者さんは喘息の治療の進歩のために気持ちよくご協力をして下さる方も多く、 これまでに600人に近い方が我々の遺伝子研究に協力して下さいました。 この研究で得られた結果は、 喘息の治療の専門家の集まる勉強会で発表されたり、 論文として世界のドクターや研究者に発信されております。 宮武先生をはじめ、 クリニックのスタッフの皆様、 患者様方のご協力に心より感謝いたしております。 今回は現在、 私の研究室と宮武先生とで取り組んでいる仕事の内容をご紹介したいと思います。
 治療の教科書となる喘息治療のガイドラインは、 日本アレルギー学会により、 患者さんの苦痛をとり、 予後を改善し、 喘息死ゼロの実現に大いに寄与することを目標とし、 喘息のよりよい診療の実践に活用されるように作られたものです。 1993年に作成されて以来、 改訂を重ね、 今年は最新の改訂版喘息予防・管理ガイドライン2006が発行されました。 このガイドラインはエビデンスベースで作成されており、 この薬がよいと予想されるレベル (まだ実証されていないレベル) ではガイドラインに入れることはできません。
私達の研究チームは発足当時の6年前から宮武先生と協力し、 このガイドラインに将来是非入れたいと思う治療法についてのエビデンスを示す努力をしております。 私達がガイドラインに是非入れたいと考えているのは感染の概念です。
 宮武先生は、 ある日私に、 インタールを使用すると風邪予防に効果があることを教えてくれました。 インタールというお薬は本来アレルギーの炎症を起こすマスト細胞の活性化をおさえる薬剤と認識され、 小児科の先生が喘息の治療に汎用する薬剤なのですが、 成人喘息において使用する先生は多くはありません。 私は週に一回外来診療を行っており、 喘息の患者さんを診療する機会があるのですが、 そこで宮武先生に教わった方法を使ってみると、 驚くほど効果のある患者さんがいらっしゃいました。 「家族全員が風邪をひいたのに私だけひかなかった」 とか、 「毎年この時期になると風邪から発作がでていたのに全くでなくなった」 等の声をききました。 2005年にはインタールにはインフルエンザウイルスの増殖をおさえる作用があることが論文でも発表され、 喘息患者さんにとって、 最も大切な 「ウイルス感染防御」 にも効果があるというエビデンスが報告されました。 さらに最近では日常の臨床で頻繁にみられるクラミジアという呼吸器感染の病原体の増殖をおさえる効果も発表されています。 我々はこの 「インタールを成人喘息のウイルス感染予防効果も期待して喘息治療に使う」 という宮武内科発の治療法を、 是非、 世界に広め、 その中から日々の生活がより楽になる方が増えますように科学的なエビデンスを示したいと考えています。
 一部の喘息患者さんへの除菌療法の導入も加えたい治療法の一つです。 まだ、 エビデンスがそろっていないため、 この方法を喘息治療に現段階で活用することはできません。 喘息発作の急性期に使用して、 効果が非常にあるヒト、 少ないヒトがいることはわかっていますが、 その選びだしの方法はいまのところありません。 私達は日頃、 遺伝子多型情報を利用して喘息の病態について研究しておりますが、 これまでに、 我々を病原体から守ってくれる最初の免疫の関門 (自然免疫) を担当する遺伝子群の多型がアレルギーの発症にとても重要であり、 喘息、 アレルギーを起こしやすいヒトは感染症に弱い傾向にあることがわかりました。 アレルギーは体が環境と接している部分 (喘息=気管支粘膜、 花粉症=鼻粘膜、 アトピー性皮膚炎=皮膚、 食物アレルギー=腸粘膜) に起る炎症反応であり、 風邪を引いたり、 腸炎ウイルスにかかったり、 日頃にかかる感染症はまずその部分に起ります。 感染症はアレルギー炎症のスイッチを入れ、 もしその感染が長引くと、 (慢性感染) 喘息も発作がずっと続いてしまいます。 この喘息に関連している感染症の病原体として、 クラミジア・マイコプラズマという2種類の病原体 (ウイルスと細菌の中間の病原体で、 日本における肺炎の頻度の高い原因病原体のうち、 上位4つの中の2つです。) が悪さをしていないかという研究を現在行っております。 この2つの病原体による感染と喘息の悪化との関連については古くから報告がありました。 近年の技術の進歩により、 改めてこの関連性を研究することで、 それらの関連が明らかとなれば、 この2つの感染症には特効薬がありますので、 それを使って治療にあたることができます。 すべての喘息の方にこれらの感染症が関与するとは考えにくいことから、 「個人におけるその感染症の喘息の病態への関与の度合い」 を何とか遺伝子多型を使って予測をしようと考えています。
 さらに、 上皮薬としての長時間β作用薬を使用するという概念も、 エビデンスを揃えたいと考えています。 長時間β作用薬は、 従来気管支平滑筋を弛緩させ、 気道の閉塞を緩和する薬として用いられてきました。 しかし、 近年、 その気道粘膜保護作用や気道粘膜線毛クリアランス (気管支粘膜上の異物を外へかき出す機能) の向上作用が注目されています。 感染防御の重要性からもこの薬剤を上手に使うのも喘息管理には重要と思われます。
 喘息の患者さんを日頃から注意深く観察し、 病態の特徴をつかみ、 それぞれの薬剤の特性を考慮し、 最少量の薬剤で最大の効果得る事を目指し、 必要な時に必要な量を処方するのが診療に携わる医師の努めであります。 我々の研究室では、 この作業の助けとなるような多くのエビデンスを世の中に提示して行きたいと思っております。 これからも喘息の遺伝子多型研究を通して、 患者様の日常生活が少しでも楽になりますように、 皆様方のお力を拝借しながら日々努力していきたいと思います。
理化学研究所 遺伝子多型研究センター
アレルギー体質関連遺伝子研究チームチームリーダー


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