MAN会報
喘息と旅行

理事 吉富 康二

 2003年7月末に風邪も引いていないのに変に咳が出るので近所の医院で診てもらったところ喘息かもしれないと言われて以来小生の喘息との付き合いが始まりました。
 インターネットで御堂筋アズマネットワークを見つけ、 8月日宮武先生に始めて診察して頂き以来、 現在に至るまでお世話になっております。  お陰様で発症してから大きな発作は一度も無く 「一病息災」 といえるのも宮武先生の丁寧な診断と看護師さん達の親切なご指導のお陰と感謝しております。
 小生の喘息日記はこの時から一日も休まず続いております。  年間勤めたビール会社を退職したのが2000年、 仕事の関係で海外駐在も長かったため旅行する事が生活の一部にもなり、 また、 旅行が好きだったため、 翌年の月には安価で充実したプログラムを持つピースボートの世界一周の100日間の船旅に参加しました。  台湾・ブルネイ・シンガポール・インド洋のシェーシェル諸島・アフリカはケニヤ内陸のサファリ・マダカスカル島・ケープタウン・喜望峰をまわって大西洋を横断し、 ブラジル、 リオデジャネイロ・アルゼンチン、 ブエノスアイレス・南米大陸南端のウシュアイアからは砕氷船に乗り換え南極へ・太平洋に入りチリのサンチャゴ・絶海の孤島巨石モアイのイースター島・タヒチ・フィジー・サモア・最後に旧帝国海軍の基地だったトラック島で慰霊碑にお参りしてから神戸に帰って来ました。  ケニヤの草原のライオンが倒したばかりのシマウマをライオン一家頭あまりで、 がりがり食べるところや、 南極の氷河が崩れるものすごい砲声のような響き、 直ぐ側に寄ってきて小生の防寒服の袖を引っ張る子供ペンギンの可愛いさ等等、 生まれて此の方、 北半球で生きてきた小生にとっては南半球を中心としたこのクルーズは想像以上の想い出を残してくれました。
 しかし、 船の中での生活は楽しいことだけでなく、 耐えて行かねばならない苦しい事もありました。 その一つは船室の中は乾燥した空気で喉や鼻を悪くする事、 また狭いので風邪に感染し易い事です。
 小生も直ぐに風邪を引き、 台湾からアフリカ喜望峰まで酷い咳に悩まされました。
 (咳喘息?) これが2年後の喘息発症に繋がったように感じております。
 怖い船旅も宮武先生や皆様とお付き合いしていれば喘息患者でもきっと上手くやれるのではと密かに次の北半球クルーズを狙っております。

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