MAN会報
遺伝子バンク海を渡る

特別顧問理事 宮武 明彦

 2001年夏、 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長、 中村祐輔教授との協同研究事業として大阪御堂筋ロータリークラブ創立10周年の記念事業 「遺伝子バンク」 がスタートした。 この 「遺伝子バンク」 事業は、 ロータリークラブの哲学である"I serve" (超我の奉仕) をみずから実践する事業であり、 健常ボランテイアがわずか10mlの血液を一度だけ提供することで完遂するユニークな事業でもある。 この活動の前段階として当院の多くの患者さん達よりボランテイアとして血液の提供を受けているが、 この遺伝子バンク活動から医学貢献の意義について考えてみたい。
 他のロータリークラブでは、 一定量の献血を目的として、 会員らが日本赤十字社の献血事業へ参加している。 しかしながら、 「遺伝子バンク」 事業と根本的に異なるのは、 日本赤十字社の献血事業が 「一人の人間が、 病気で苦しんでいる一人の人間を助ける」 奉仕活動であるのに対して、 遺伝子バンク事業は、 後生の医学、 医療、 生命科学の発展のため、 また、 私達子孫の礎となる奉仕活動である点にある。 また、 この活動は一人だけの採血では奉仕活動を完結することは出来ず、 少なくとも500名以上から各10mlの採血が行われる必要があり、 その上で、 病気の人達との遺伝子配列を比較検討することにより、 はじめて目的を達成することが可能となる。 例えば、 それによって糖尿病の有力な病因遺伝子が明らかになれば、 治療のための創薬へと発展し、 最終的には何十万人もの糖尿病で苦しんでいる患者さんの生命予後改善に貢献できることになる。 このように、 遺伝子バンクは成果を得るまでには長い時間が必要であるが、 これにより数多くの人達が救われる医学研究への奉仕活動である。
 我が国における医学、 生命科学の進歩のための奉仕の精神や活動は、 九州大学医学部第二内科講座に対する久山町住民の40年間に及ぶ (何世代にもわたる) 疫学調査への協力が有名であるが、 一般的には、 医者や研究者に対する不信感が強く、 医学研究に対する協力は否定的であり、 久山町の場合は例外と考えられる。 このような現象は、 長年、 患者側に対する医療側の説明不足や無責任な対応が、 大学をはじめ医療機関で改善されずに続いてきたことが最も大きな原因と考えられる。
 一方、 医療を受ける患者側にも無理解や誤解による考えが広がってしまっている。 例えば、 不幸にも家族を原因不明の病気で失ってしまった場合、 主治医から病理解剖の依頼が行われる場合が多いが、 各医療機関で同意を得られる症例は年々低下し、 年間、 病院死亡患者100万人のわずか2.0%程度にしか到達していないという現状がある。 久山町住民の場合は、 死後の解剖にも住民全員が同意している点が世界的に久山研究(Hisayama Study)として賞賛された点である。 40年にもわたる医療機関と住民との深い信頼関係が、 医学・医療の進歩にどれほど貢献したかは計り知れない。 日本全体を久山町にするのは無理としても、 医学・生命科学への奉仕の重要性をわれわれは地道に発信する必要があると考えている。
 大阪御堂筋ロータリークラブは、 36名の小さなクラブであるが、 この事業が開始された以降の歴代会長、 幹事、 職業奉仕委員長のリダーシップの下、 健常ボランテイア採血1000名を目標に全員が一丸となって事業が展開され、 2005年12月に1000名を達成することが出来た。 この事業達成を記念して2006年2月7日に中村祐輔教授をお迎えし、 大阪国際会議場にて記念講演会を開催したところ250名を越える人達の参加をいただいた。 この中には、 御堂筋アズマネットワーク会員や宮武内科の患者さん達、 医療関係者の多くの参加が含まれている。
 また、 2006年2月には、 国際ロータリー2660地区2005−2006年ロータリー年度の 「意義ある業績賞」 の最優秀賞に選ばれ、 「遺伝子バンク」 が当地区から国際ロータリーへ推薦された。  さらに、 2006年3月21日、 韓国ソウルのムクゲ・ロータリークラブと南ソウル・ロータリークラブの合同例会がSeoul Hilton Internationalにて開催され 「遺伝子バンク」 の紹介をさせていただくことが出来た。 この例会には上嶋幹子理事長、 大和健理事をはじめ御堂筋アズマネットワーク会員数人が参加されたが、 この模様は、 韓国The Rotary Korea 2006年4月号に掲載され、 また、 日本においても、 「遺伝子バンク1000名達成」 の記事が日本経済新聞および京都新聞、 神戸新聞等、 地方紙も含め全国的に2006年4月17日の朝刊に掲載されたことは記憶に新しい。
 ソウルではムクゲ・ロータリークラブが中心となって韓国における 「遺伝子バンク」 事業を、 ソウル大学医学部のKimm教授と始めたいとのご連絡をいただいた。 このように海を越え、 国を越えて 「遺伝子バンク」 の事業の意義と重要性がロータリアンから発信され実を結びつつある。
 今後の課題としては、 ヒトゲノムのデータベースは人類の共通の財産であり、 新たな病因遺伝子が発見されても、 それに対してむやみに特許を与えることがないような寛容な世界にして行くこと、 また、 医学、 医療、 生命科学への奉仕活動の重要性をそれぞれの国で、 子供の時から理解するような教育“Public Understanding of Science"を実施することをわれわれが世界に向けて発信する必要があると考えている。
(医療法人 宮武内科院長)

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