MAN会報
私の健康法

理事 宇都宮 雅征

 今年で六十二歳になった。 事情が在って昨年の九月に大阪を去り田舎の愛媛で住んでいるが、 ふとこんな年になって父の昔の事を振り返って見ることが在る。 父は余り人の中で話したりする事が嫌いで、 だから仕事も昔は田舎の農協で勤めていた頃でも、 中の職員と折り合いが合わないのかわざわざそこの運転手をやっていた。
 父は私と違って頭も良いのだから、 農協の仕事でも難なくこなせるのを、 それも重労働の運転手をやって、 それからタクシーに乗っていて六十歳になって仕事を辞めた。 父にすれば嫌な仕事これは多分父にすれば嫌な人にお世辞を言われない父だから、 その年が来た瞬間、 ああ、 もう仕事はたくさんだ。 と思って辞めたのだろう。 でも父はここからが悪かったと思っている。 今では年は九十歳で近くの老人ホームに居るのだが、 少し痴呆がかかっていて、 それに少し歩くのが困難だ。 この父を見舞いに行った時何時も思う。 それは仕事を辞めてからほとんど家の中で暮らして居たことだ。 全くて言うほど外に出ず後の生涯を家の中で暮らしていたと言っても過言では無いのだが、 そんな父を何時も見ていると、 より以上に老け込むのにと思ったものだ。  だからそんな父を見て自分はこれからも、 父のようには立ち止まらないぞ、 って、 そうして体が続く間は歩き続けようと思っている。 そうして喘息の方は宮武先生の指示通り薬を処方して居れば、 まあ寒い日などは寝ている時は少し息苦しい事は在るが日常生活は全く支障が無いのだから、 これから先もこのペースでやって行こうと思っている。 そうして念願の作家になって生涯を終えたい。

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