MAN会報
集中と右脳
〜 イチローを考える 〜


当会 顧問理事
弁護士 津田禎三

(1) 長い歴史を誇る米国・大リーグでマリナーズのイチロー選手 (本名、 鈴木一朗) が、 1920年にジョージ・シスラーが打ちたて八四年間誰も破ることができなかったシーズン最多安打のメジャー記録 (257安打) を見ごとに塗り替えました。 日本も米国も沸きました。 84歳の私も目頭が熱くなりました。
 なぜ、 イチロー選手は、 これほど凄いことができたのか。 大きな理由のひとつとして野球関係者は、 『動くものを正しく識別する超人的な動体視力』 を挙げ 『イチローにはボールが見えている。 どんな球が来るか正確に見極めることができる。』 と言っています。 イチロー選手は、 小学校三年生の時、 地元のスポーツ少年団野球部員となり、 昼間は野球の練習、 夕食後には父とともに毎日バッティングセンターに通い続けました。 それだけではありません。 帰り道、 高速道路を走る車のナンバープレートや運転している人の服装を正しく確認する訓練に、 たっぷり時間をかけ動体視力を鍛えたと言います。
 時速140或いは150キロを超える猛スピードで飛来するボールと広い球場に配置された相手チーム選手の全てを一瞬のうちに正確に捉えることができなければ、 狙いどおりイメージどおりの球は打てない。 激しい訓練と努力の積み重ねに裏打ちされた人並みはずれた集中力が、 世界中の人が見まもる極限状態のなかで爆発し誰もできなかったことをやってのけたと言えるのではないでしょうか。
(2) 『火事場のばか力』 という話しがあります。 若い頃、 父から教わりました。 ― 嫁にきて間もない女性が、 燃えあがる炎のなかから重いタンスを持ち上げ運び出したというのです。 この話しは、 火事や地震などに直面した極限状態のなかで、 恐怖感や怒りと同時に人や家を救おうとする強烈な思いが一点に集中すると、 日常生活のなかでは考えられない大きな力となって現れると教えています。
 バッターボックスに立ったイチロー選手は、 右手でバットを垂直にまっすぐかかげる。 その動きと構えは、 相手に戦いを挑む武士のようであり、 厳しい気迫と次第に高まっていく集中力を感じます。 イメージどおりの安打に集中するイチロー選手と家のため重いタンスの持ち上げに集中する火事場の女性とに共通することは、 強烈な目的意識と持てる能力を存分に発揮させる集中力によって、 不可能と思われることを可能にしたことだと思います。
 人間は、 大脳の右半球 (右脳) を活性化して集中的に駆使するとき、 それまで経験しなかったとてつもない大きな力を発揮するものだと脳科学の研究者は言っています。 左脳は言語で物事を認識し記憶しますが、 これとは全く異なり、 右脳はイメージ (映像) で認識し記憶します。 創造力も集中力も右脳の世界に属します。 いきいきとした右脳の力があってこそ創造も集中も現実のものとなります。
(3) 右脳を活性化して、 いきいきとさせるには、 特別な難しいことをする必要はありません。 毎日の生きざま、 心の在りようが大事です。 物ごとを前向きに受けとめ前向きに考え前向きに生きること、 そして自分の仕事は勿論、 やっていることはそれが何であれ頑張るのではなく精一杯楽しむことで右脳は活発に働き強化してくれます。 よく歩きよく眠り大きな声で話し笑うことも効果があります。 好きな本や文章を声に出して読むのも、 ときには良い音楽に聴きいり或いは美しい絵画や景色を見て感動することも効果的です。
 難しい事態に立たされても平常心を失わず、 自分の脳がいきいきとして活力があるためには、 心の在りようだけでなく呼吸の在りようも大切です。 浅い呼吸でなく深いゆったりとした呼吸、 昔から言われている腹式呼吸を意識的に取り入れることです。 私は小学校の頃、 父に連れられ坐禅の町道場で、 この呼吸法を教わりました。 方法は簡単です。 下腹に意識を置き、 腹をふくらませながらゆっくりと鼻から息を吸い (約5秒)、 そのまま息を止め (約5秒)、 その後は、 更にゆっくりと腹を引っこめながら息を吐き切ります (約10秒)。 これを朝晩或いは何かを始める前や仕事の合間など少しの時間をさいて日常的に毎日繰返すことが肝要です。 この腹式呼吸が脳の活性化のために大きな効果があると脳科学の専門家は口を揃えて指摘しています。
(4) 先頃、 イチロー選手がテレビ番組で、 冒頭に書いた快挙を振り返り乍ら、 ゆっくりとした口調で、 こう言っておりました。 『小さな積み重ねがあって ― 頂上に昇ることができたのだと思います』 と。
 私の胸に、 しみいりました。
平成16年11月22日
この原稿は先生のご了解を得て、 「所窓」 第10号より転載させていただきました。

●もどる●