MAN会報
随  想


昔 と 今
当会 理事
宇都宮 雅征

 最近食事しながら、 テレビを見てると、 三日に一度は必ず幼児誘拐や、 それもどんな人物なのか必ずその幼児を殺害している。 それもいたずらをしてだから酷いものだ。 そんなニュースを同じ年頃の仲間の職場で話すと、 「うん、 昔はあんな事はどこを探してもなかったのに」 と、 言う。 それから彼らは昔の事を振り返りながら、 それもよほど懐かしいのか、 身振り手振りで、 「あの頃は食べる物も無いから、 薩摩芋を蒸かした物を近所の子供と分け合って食べたが、 本当に楽しかったし、 美味しかった、 今考えるとただの芋なのに」 と話してくれた。 それから彼らはこんな事を、 「とにかくよその子供でも同じ部落なら本当に自分の子供のように何かに付けて親達がその子供達を守ってた」 と、 私も昔の事を振り返って見ると、 私の家は田舎ながら部落の中心に在ったのか、 それとも他の家より庭が広いのか、 朝から夕方まで、 小さい子供から私と同じぐらいの高校生まで集まってたものだ。 まあ家に高校生が訪ねてくれば、 ほとんど勉強の話やその頃の映画の話や何かが多いのだが、 しかし子供、 それも小学に上がる前の、 例えば四歳から五歳の子供達まで来てたが、 その格好と行ったら今の私が住んでる現代の大阪とはまったく違うもので、 大抵一週間ぐらいは同じ物を着ていたし、 時にはえりもとに鼻汁がしみ込んで白く乾いてがちがちになっていた。 そんな子供が可愛い声で、 「お兄ちゃん遊ぼう」 てやってくるのだから、 そんな時に一緒に石蹴りをやったり、 面子をやったり、 それから母が作ってくれた小麦粉を蒸したパンを分けて一緒に食べてやると喜んで帰って行ったものだ。 それと今は例えば、 たまたま会社の行き帰りで、 仲良くなった小学生の女の子なんかでも、 その子の親が来ると私の顔を見るなりさっさと二人の中を裂いて連れて帰る。 それが昔田舎で居てた頃は、 隣の小学四年生の女の子なんかが、 「お兄ちゃん山へ花摘みに行こう」 と、 私を誘いにくれば、 母などは私が勉強などやってても、 「こら!、 一緒に行ってやらんか、 危ないところへ行ったらいかんのに」 と、 言って私に付いて行くように言う。 今のこの大阪や東京なら、 多分こんな事言う親はいないと思う。 とにかく今の世の中全体が、 どこか間違った方向へ進んで行ってるように思う。 人の世と言うのは貧困時代と違い物が豊富になると心が荒んで来るんだと思う。 だから昔我々が子供の頃ちょうど昭和25年から35年頃は物が今のように豊富になかったから、 みんなの心がそれを求めていたし、 だから近所の小学生の女の子をなんて思わなかったのだろうが、 今は食べる物も何でもあり、 お金さえ出せば大抵のものが手に入る、 それで満足しなくなれば、 次はちょっと、 会社の帰りに会うあの女の子を、 と思うだろうが、 私からみればそんな事思う男は可哀想に思う。 そんな事しなくても朝など顔を何度か合わせていれば向こうから声をかけてくれるし、 冗談を言って笑わせてくれるようになる、 まあ子供の相手はこんな所で我慢しておれば良いのだが、 それが出来ないのは情けない。 そんな男がいるから子供を持っている特に女の子を持っている親は、 よその男を見れば誘拐犯人に見えるのだろう。 そんな事を考えていたら、 昔の私など毎日が誘拐犯人になっていただろう。 何せ毎日そんな女の子を連れて山や川へ行ってたのだから、 そんな昔と今を考えていたら人の世と言えば物が豊富になると心が荒んで相手を思いやる心などどこかへ捨ててしまうのだろうか。 だから人は物と、 そうして相手を思いやる心、 この二つ両方とも手に入れる事は出来ないのだろか。 そんな事はないとおもうのだが。
元気の出るボランティア
当会 事務局長
高峯 秀樹

 私は最近、 特に元気で、 美しく、 楽しく生きられるカルチャー・ビジネス・ボランティア活動の実践を勧めている。  そのために、 具体的にお役に立つサポートの組織として 「なにわ文化・ビジネスサポートセンター」 (仮称) の設立を着々と進めている。 そのサポートシステムがお手伝いさせていただいている御堂筋アズマネットワークのお役にも立つと考えるからである。
 長年勤めた百貨店の営業や販促の企画の仕事をベースに、 誘われるままに、 美容、 ファッション、 フーズ、 旅行業のコンサルタントや環境、 福祉、 文化、 ボランティア活動のリード役をお手伝いしてきた。
 その十余年の試行錯誤の体験から、 何事も、 どんなに才能があり努力をしても一人の力ではなかなか能力を発揮し難いことが判った。
 そこで結論に到ったのが世の為、 人の為に役立ちたいという志を持ち、 かつ人脈を持つ人が集まって有能な人をサポートしようという考えである。 20人の人脈を持つ人が20人集まるだけで400人の強力なサポート組織が出来るのである。 信者が寄れば儲かるという字になるように信者を増やしその助力により実現していくつもりである。 実は、 このようなことを考えるにいたったのは、 宮武明彦先生と御堂筋アズマネットワークの運営のお手伝いをしていて浮かんだ構想である。
 毎日、 宮武医院の談話室であり御堂筋アズマネットワークの事務所のドアを開けていると、 会員の方々や患者さんが情報交換に寄っていってくれる。 そこで伺うのは宮武明彦先生に出会えて喘息の症状が改善されて有り難い。 お礼の気持ちで先生を応援したいという話が多い。 実は始めはそのような気持ちから友の会設立の構想が生まれた。 しかし宮武先生はそのご好意を踏まえた上で、 良くなった体験を、 まだ新しい治療法を知らないで、 悩んでいる方々へ教えてあげるという社会貢献活動になれば積極的にやりましょうというのが原点の考えであった。 今、 御堂筋アズマネットワークはその原点で揺れている。
 御堂筋アズマネットワークは医療法人宮武内科の気管支喘息の患者さんが中心になって運営している友の会である。
 その会員同士のコミュニケーションの良さと親睦活動は全国でも類をみない素晴らしさである。
 先日、 宮武先生のお勧めを受けて、 NPO法人日本アレルギー友の会のイベントに参加させていただいた。 35年の歴史を持つ運営はさすがであった。 なかでも目を引いたのは患者会の中での気管支喘息及びアトピーの相談員の体験に基づく説得力のある応対であった。  私はこれからの御堂筋アズマネットワークの活動のメインは人助けにあると思う。 二人でも三人でも、 自分の闘病の体験から患者の立場に立って親身に応対と相談ができる人に育っていって欲しい。
 私自身の体験によると、 ボランティアは人助けではあるが結局は自分が救われることと思っている。
 健康は、 医学、 科学の世界のことがベースであるが、 見えない世界のことも充分考える必要があると思われる。 病は気からとも言われるように、 自分のことで精一杯であっても、 少しでも他の困っている人のことを考え、 お役に立つことは自分が元気になり、 自分を助けることにもなるのである。
(平成17年3月18日記)

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