MAN会報
気管支喘息患者の闘病記
◆私の気管支喘息の履歴◆
T・U

 少し、自己紹介をします。1958年〔昭和33年〕生まれです。病歴40数年、そのうち宮武内科通院歴は30年になり、バリバリの現役です。
 今回は、宮武内科にお世話になる前の、ステロイド剤服用による強烈なリバウンドと、宮武お父さん先生のゆるやかなステロイド剤使用の治療法から、現宮武明彦先生の治療についてお話したいと思います。
 ステロイド剤は、1969年〔10歳〕から4年間の1973年〔13歳〕まで、自宅近くの開業医で投薬されました。服用中は特徴的なムーンフェイス、食欲も増え、体調も絶好調!「元気になってよかったね。」と家族も親戚も大喜びでした。ただし、服用量は、1錠、1.5錠、2錠、2.5錠と徐々に増えていました。このときは、ステロイド剤のことも、副作用についても誰も知りませんでLた。
 ある日、父が新聞を読んでいて、私の飲んでいる薬を知り、その日から服用をやめるように言いました。すると体調は崩れ、地獄のリバウンドが始まりました。二ヶ月間、眠ることはもちろん、横になることもできず、咳が続き、呼吸困難になり酸素吸入。幻覚を見、衰弱していきました。13歳の夏でした。命は取り留めました。が、その後他の病院で薬づけになっていました。
 そして冬の初めに親戚の紹介で、やっと宮武お父さん先生にめぐり合ったのです。
 でも、初診の投薬説明のときに、あのステロイド剤を服用するように言われ、驚きました。だってまた、あの苦しみの時が来るのかと思ったからです。そしてまず、父が大反対します。戸惑っている私に、お父さん先生は、「病状を見ながら、徐々に服用量を減らしていきますからね。」と説明してくださいました。同じ薬でも服用の仕方で楽になっていくのかなとこわごわ聞いていたことを思い出します。そしてもうひとつ、食事療法をすることでした。これは、十年問続けて体質が変わったようで、その後多量に頼取しなければ、何でも食べたり、飲んだりできるようになりました。その後、体調をコントロールしながら、病抜けしたように20年が過ぎ、宮武明彦先生には「優等生の患者さん」と呼ばれていたのでした。  ところが、この2年間仕事の都合で不規則な生活が続き、昨年夏から体調が崩れました。調子に乗って飛ばしすぎたツケが出たようです。先生は「どうしたんでしょうね。」と言いながら、治療方法を考えて下さり、吸入剤も「これで悪くなった患者さんはいませんが、合わなかったんですね」と、いろいろ変えてくださいました。
 現在は、息切れは残りますが、無理をしなければ通常生活は勿論、短時間の仕事もOKな状態まで回復しました。加齢とともにこれからも体調は変化し続けるはずです。今回の経験から今まで以上に身体とのコミュニケーションを密にして、じょうずにコントロールしながら暮らしていけたらと思っています。

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